目次
「言葉はよく知っているのに、なかなか言葉がでてこない」「家ではスラスラ話せるのに、幼稚園では吃(ども)ってしまう」……。こんな、子供の「どもり」で悩んでいる方は多くいます。それは、幼児期の子供に多くみられる「吃音(きつおん)」かもしれません。
では、吃音そのものの原因は何なのでしょうか。どのように解決することができるのでしょう。間違った知識も広く浸透してしまっている「吃音」について、家庭で行う対処方法や、最近の研究結果を合わせてご紹介します。
「吃音」は、親の育て方・愛情不足の表れではない!
「どもり」として一般的に知られている「吃音」は、種類によって分類わけされています。大きく分けて3種類に分けることができ、それぞれ
といいます。
子供に起こる吃音は「発達性吃音」がほとんどで、成人で吃音が出ている人の9割以上も、実は発達性吃音の延長です。
今までは、親の育て方や愛情不足、子供のストレスが原因であると考えられていた吃音。しかし、医療の発達や研究によって原因解明が進み、吃音の7割以上が遺伝要因であることがわかっています。
その他に多い原因としては、脳内たんぱく質の異常による言語関連を司る脳領域の機能接続不良によるものとされており、環境によって起こることは少ないようです。
【吃音】ってどんなもの?これも吃音?
吃音は、
に診断されます。
「連発」とは「りりりり、りんご」という形で音や語の一部が繰り返し、1回で単語を発音できない症状です。
「伸発」は「り~~んご」と音を引き延ばして発音する症状。
そして「難発」は「ブロック」とも呼ばれているように「・・・りんご」と初めの1音がなかなか出ない症状を指します。単純にうまく言葉が出なくて「どもる」だけが吃音ではないのです。
では、子供時代の吃音の変化・症状についてもう少し詳しく見ていきましょう。
幼児期の吃音とは(第1相吃音)
幼児期に起こる吃音の半数近くは、言語発達の遅れや構音障害(うまく発音ができない症状)によって出てきます。言葉の意味を理解し、伝えたい言葉もはっきりしているなど、言語能力は十分に備わっているのに”発話能力”が未熟であることが、発症や症状が悪化するきっかけの一つとして考えられているようです。
吃音の発症モデルとして「Demands and Capacities Models(DCM または DCモデル)」として名称がつけられているように、多くの子供に頻発するケースでもあります。また、興奮してワーキングメモリ(脳の作業記憶)にゆとりがない場合にも、どもりやすくなる傾向があります。
学童中期以降の吃音とは(第2相吃音)
学齢期になると幼児の話し言葉が消え、発音が自動化していきます。そのため吃音自体は減ってきますが、人前での発表や授業で教科書を読むときに吃音が出てしまう、という「状況依存性」が顕著になってきます。
さらに、どもった時に周りから注意されたり注目を浴びるなど、その感情が無条件の刺激になってしまうこともあります。そして、前にどもったときの状況(相手、場所、単語)に再び遭遇すると、緊張や不安を生じてどもることもあるのです。そうして簡単な単語でさえも言えなくなると、さらに苦手意識が芽生えてしまいます。とくにそれが「自分の名前」や「挨拶」などの場合は、より一層苦手意識が醸成されてしまうことに。
吃音が出てしまう場面や単語に関して意識的に努力をした結果、たまたまうまく発音ができる場合がありますが、「次に同じ動作をしないとうまく発音できなくなってしまうのでは」といった勘違いが定着してしまう恐れもあるのです。
とくに学齢期になると、周りの友達も話す内容が複雑になってきます。発話運動そのものが自動化していないとスムーズな発話が困難になってしまい、意識を集中するあまりかえって非流暢になってしまうことも多く見られるのです。そのために、独り言であればスラスラと言えるのに……という子供も多いでしょう。
吃音に理解を示してほしい……吃音の社会的認知度は?
首都大学東京の矢田氏らによる研究では、非吃音者237名(平均年齢37.2歳±19.1歳、男性118名、女性119名)に「吃音」について該当調査した結果が報告されています。
ここでは
という結果となっています。
ここから、「吃音」という名称よりも「どもり」という症状の認知度が高いことがわかります。
実際、幼児期に吃音に罹患する確率はおよそ8%とも言われており、その多くが3語文(〜が、〜を、〜する)の発話が始まる頃となっています。発症者の約半数が満3歳までに、9割が満5歳までに発症しているのです。
発症者の大多数は、幼児期のうちに症状が自然治癒することがほとんどですが、治癒までに2年以上かかることも少なくはないようです。
筆者の現在6歳の子供(男児)も、伝えたい思いが強い時にはとくに「えっと、あのね」が続き、なかなか言葉が出てこないのが日常です。お友達にも同じような状態が見られます。
しかし、発症人数も多いことから統計としては自然治癒しない人数も多く、学齢期では1~2%、成人では全人口の1%弱に吃音が残ると推測されています。男女比でみた場合、幼児期の発症時は1:1であっても女児のほうが回復しやすく、青年期以降は4:1と男性の割合が圧倒的に多くなります。
この研究の該当調査で、吃音の”原因”がなんだと思うか質問したところ、「心因性」と答えた人の割合が33%と最も多かったことがわかりました。
吃音を発症している人は大人でも多くいるのですが、吃音の原因については間違った知識を持っている人も多く、社会的な認知度は低いということが浮き彫りとなったのです。
【原因】吃音になる原因は?
先に「吃音は遺伝や脳のエラーが関係する」ということについて少し言及しましたが、ここからはその原因についてより詳しくみていきましょう。
心因性(ストレス)が原因ではない!
なぜ「吃音が心因性ではないか」という考えが多く見られるのでしょうか?
1959年にアメリカの心理学者Johnson Wendell(ジョンソン・ウェンデル)氏によって提唱された「診断起因説」。
これは「吃音は子供の口から始まるのではなく、子供が非流暢な発話を親が「吃音」と気付き、本人に意識させるなど両親や周囲の人の接し方のまずさから吃音が始まる」というものです。
つまり吃音の原因は、周りの環境による子供のストレスが原因とされていたのです。子供の成長過程である話し方を周りが注意することにより、子供が緊張状態になることから、吃音がうまれるという考えだったわけですね。
原因のほとんどは「遺伝子異常」と「脳領域の接続異常」
1991年にオーストラリアで行われた3810組の双子研究によって、吃音の原因は体質(遺伝子)が70%を占め、それ以外は30%しかないということが発表されました。
その後、吃音に関する研究は盛んになり、1996年には「吃音者は、脳の左半球の機能的・構造的低下があり、右半球で代謝的な過活動がみられる」と、脳研究者によって一致した見解がNature誌上で発表されています。
2011年、New England Journal of Medicine(マサチューセッツ内科外科学会で発行される医学誌)では、脳の白質を形成するために必要な細胞内のリソソームを形成する遺伝子の異常が発見されました。
このように、ほとんどが遺伝子や脳内異常などが吃音の原因であることがわかり、親の教育や環境、子供のストレスによって引き起こされるものではないことが明らかになったのです。
【検査】吃音の検査法は?
自分の子供の話し方が、本当に成長過程において正常な範囲なのかどうか気になる場合、病院で検査してもらうことができます。原因によって受診する科は異なり、耳鼻咽喉科・リハビリテーション科・心療内科・精神内科、場合によっては口腔外科などが対象となるでしょう。
「吃音」と診断されるかどうかは、元国立障害者リハビリテーションセンター病院に所属していた小澤恵美氏や、北里大学医療衛星学部の原由紀教授、元神奈川県立こども医療センター発達支援部言語聴覚質所属の鈴木夏枝氏などといった専門家らによって作られた「吃音検査法第2版(2016年刊行、学苑社)」という、一般の方も手に入れることができる検査法に基づいて診断されます。
この検査法は「児童版」「学童版」「中学生以上版」の3つに分かれており、それぞれの年代で話す言葉やスピードも異なることから、年齢に合わせた診断を行うことが可能です。吃音の指導方針が立てやすく、情報を共有するために必要な検査場面や課題を提示しているのが特徴となっています。いつ頃から吃音がはじまったか、どんな場面で吃音が出やすいかなど、ヒアリングやアンケートによる情報も合わせて、重症度や症状などが診断されます。
【治療】吃音の治療は、家で行うものがほとんど!
吃音の治療は、家など日常生活で行うものがほとんどです。子供が楽に話しやすい環境を整え、なめらかに話す力を伸ばします。周囲もゆっくりとした発話をし、子供が真似して楽に発話できるように誘導したりしていきます。
また、どもるかどうかに拘わらず、じっくりと話の内容を聞いてあげるのもポイント。親が常に忙しそうにしていて、「早口で話さなければ聞いてもらえない」と感じさせてしまうと、”噛む”=”どもりやすい環境”に近くなってしまうのです。
興奮してどもることが多い子供には、生活のペースをゆっくりにし、兄弟姉妹間で順番に発言するなどルール作りをして、落ち着いて話しやすい環境を整えるのが重要になります。
ここからは、家で治療する際の手段にはどんなものがあるかについてご紹介していきましょう。
「DCM」で徐々に自信と経験を
DCMとは、周りの大人に向けて、吃音症状が出にくいよう短い言葉で応答できる質問をするように指導する治療法です。
最初は「はい」「いいえ」の返事だけで済むようにし、次の段階では短い単語の選択肢を提示するなど、流暢に言える長さの返事を誘導します。非流暢な発話をできるだけ体験させずに構音能力の成長を待つ、という治療戦略です。
環境を整えてあげる「流暢性形成法(Fluency sharping)」
緊張感のないゆったりとした発話を、治療者や保護者が行うことで、それを自然に真似させ、なめらかに言える体験をさせる治療法です。
幼い子供の場合は、ぬいぐるみなどを使って話したりするのが効果的。なめらかに話す体験を繰り返すことで、日常会話でもなめらかな発話が使えるようになるのを促します。
親が学んでいく「PCIT(Parent-Child Interaction Therapy)親子相互交流療法」
英国でうまれた治療方法です。親子の普段のやりとりを動画で撮影し、子供が流暢になる場面や状況とそうでない状況があることに注目し、流暢性をうながす状況を増やすように親を指導します。
行動科学に基づいた心理療法です。
Lidcombe Program(LP、リッカム・プログラム)
シドニー大学で開発されてからすでに十数カ国で普及しており、信頼性の高いエビデンスも報告されている治療法です。”オペラント学習”を利用し、流暢な発話を褒めることでその生起確率を増やすのが治療原理となります。
幼児期は、吃音があってもとくに気にしていないことが多いため、流暢な発音を褒めることで行動を変えることが可能です。しかし、叱責すると子供は責められたと誤解して、お話そのものをしなくなるので、吃音状態は叱責せず指摘のみにとどめます。
指摘する頻度は、なめらかな発話を褒める回数の1/5以下にするのがポイント。就学前までの幼児期が主体となる治療法であり、子供に吃音状態を「指摘」することが今までの治療と大きく異なります。
吃音がない発音に3種類
と言語的随伴刺激を与え、明らかな吃音が生じた時に2種類の言語的随伴刺激
を加えるのがポイントです。
1日の吃音の状態を10段階のSR(吃音重症度評定)で評定し、グラフに記録します。
実際に指摘するときには、子供も”どもり”に気づいているということを意識してください。「あ、今つっかえたよ」などといった、まるで責めるような言い方では、子供からしてみれば「わかってるよ、でもわざとじゃないのに……しょうがないのに」といった受け取り方になってしまいます。どもったことに気づいている子供の心に寄り添うような言い方を心がけるのが大切です。
少しずつ、力を抜いて「吃音緩和法(Stuttering modification)」
力の入った吃音を楽な吃音にして、辛さを減らしていく治療法です。また、わざとどもることで吃音症状に慣れ、あるいは「吃っても大丈夫だ」という意識から過敏な情緒反応が減り、コミュニケーションが楽にできるようになります。
遊びの場面から導入することが多く、アメリカにおいては学童にはこれを中心として治療を行っています。くわえて「流暢性形成」を組み合わせて治療することも多いようです。
知っておこう、吃音をもつ子供への”対応”ーー「知らないふり」はNG!
吃音の子供に対し、間違った対応や言葉かけなど、注意すべき点がいろいろとあります。中でも「話し方だけに注目してアドバイス」をしたり、「もう一度ゆっくりと話してみて」と促すことは多くの方がやりがちです。
NG行動として最も多いのが、「言い直しをさせる」という対応です。また、過度に厳しくし、正確性を求めるのもよくありません。吃ってしまったら話を途中でやめさせ、子供の代わりに続きを言ってしまったり、そもそも吃らせないように子供自身に話をさせないといった対応を、無意識に行ってしまう保護者もいることでしょう。
子供をゆっくりと待ってあげるのがポイントです。
また、吃音がある子供への声掛けにも注意が必要です。「吃音話してる〇〇ちゃんは好きじゃないな~。上手にお話してる〇〇ちゃんが好き」と、どもりが出てしまう自分を否定する声掛けは絶対にNGです。
また「吃らず話せてよかったね!」と、どもる=失敗という認識が植え付けられてしまうような褒め方にも注意してください。
「早く!急いで言って!」「言う前に練習しよう、よく考えてから言おうね」「さっきは吃らずに言えたんだから、次も大丈夫だよ」と、切迫するような声掛けもよくありません。また「ゆっくりと、もう一度、はっきり、落ち着いて、まとめてから言って」と重ねて注意をして、何に気を付けたらよいのかわからなくなってしまうような声掛けもNGです。
このように、アドバイスの意味を込めて声掛けしたとしても、子供にとっては適切ではない場合があるので、注意しましょう。
楽しみながら訓練できる簡単な親子遊び!
普段の会話では難しい単語で吃音が出てしまうことがあるため、吃音になりにくい単語を入れた劇を作って演じながら遊び、吃音が出ない状態を体験させてあげましょう。
例えば、親子で斉読(同じ言葉を一緒に話す)や復唱、ゆっくりで引き延ばし気味の発話をしたり、歌唱などもこれに当てはまります。また、擬態語や擬声語、声掛け、感情の言葉など、吃音症状の発生率が低い言語機能を多く使ってみるのもポイントです。
家族全員で家庭環境を調整する
子供が話せるような環境づくりをするのも重要です。家族みんなで、しっかりと最後まで話をさせて聞いてあげることで、ゆっくりと話しても大丈夫な環境を作ってあげます。
その時に「ゆっくり話して」「ちゃんと話して」とプレッシャーを掛けないのが最も重要です。どもりを失敗と捉えず、どもったとしても相手に伝われば成功!という気持ちを持たせてあげるのがキーです。
そのため、吃らなかったことを褒めるのではなく、「言いたいことが伝えられた」と内容の伝達に成功したことを称賛するのがポイントになります。
幼稚園や保育園、小学校へ伝える
実は、家庭以外の場でのどもりのほうが、症状としては重いことが多くみられます。
クラスのお友達などに吃音を真似されるなど、無邪気ないたずらは子供にとって非常に悪影響で、傷つくものです。対応する先生も、全員が吃音に関して正しい知識を持っているわけではありません。
病院で診断をもらったら、どういう話しかけ・対応をしてほしいか、正確に正しく伝えておき、対処法についてもしっかりと話し合っておきましょう。また、お友達に指摘されてしまったときの我が子の心構えも作っておいくと良いかもしれません。親子で話し合う時間を持ってみましょう。
まとめ
吃音の症状がみられる人数は、日本の人口の約1%と割合としては多いため、「吃音は特別なことではない」という態度を子供に示すことが重要です。
例えば「この話しかたは〇〇ちゃんの個性の一つだよ。お友達の△△ちゃんにも□□するクセあるじゃない?」というように、誰しもが一つは必ずもっているクセのようなものだ、と伝えます。そして、自分を否定的にみないよう、自己肯定感を育てる体験を積み重ねていくこともポイントです。
原因究明も日々進んでおり、世界各国でさまざまな治療法も提案されています。少しでも気になる症状があったら、早期の対処が重要になるため、一度病院を受診してみることをおすすめします。
※本記事は、吃音に関するデータ・論文・資料等をリサーチし、まとめたものになります。実際の診断や治療の判断は、必ずかかりつけ医師又は専門医にご相談ください。
________________________________________
【参考・引用・関連リンク】
『吃音検査法 第2版 解説』 学苑社 小澤恵美 (著)他
『吃音検査法 第2版 検査図版』 学苑社 小澤恵美 (著)他
森 浩一(2018) 小児発達性吃音の病態研究と介入の最近の進歩、小児保健研究 第77巻1号、P12-9
矢田康人、飯村大智(2016)該当調査による吃音の社会的認知度調査、日本吃音・流暢性障害学会第4回, p73
菊池良和(2014)歴史的事実を踏まえた吃音の正しい理解と支援、日本小児耳鼻咽喉科学会 2014; 35(3): 232-236
https://www.jstage.jst.go.jp/article/shonijibi/35/3/35_232/_pdf
原 由紀(2005)幼児の吃音、音声言語医学46、P190-195
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjlp1960/46/3/46_3_190/_pdf/-char/ja
Andrews G, Morris-Yates A, Howie P, et al.: Genetic factors in stuttering confirmed. Arch Gen Psychiatry 1991 Nov; 48(11): 1034-1035.
Fox PT, Ingham RJ, Ingham JC, et al.: A PET study of the neural systems of stuttering. Nature 1996; 382: 158-162.
Kang C, Riazuddin S, MundorŠ J, et al.: Mutations in the lysosomal enzyme-targeting pathway and persistent stuttering. N Engl J Med. 2010 Feb 25; 362
小林宏明(2011)学齢期吃音に対する多面的・包括的アプローチ、特殊教育学研究49(3), 205-315
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tokkyou/49/3/49_305/_pdf/-char/ja
小沢恵美(1984)吃音母子コミュニケーションの分析, 音声言語医学25:224-232
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjlp1960/25/3/25_3_224/_pdf/-char/ja
見上 昌睦(2003)劇遊びを取り入れた吃音児指導の試み、音声言語医学44: 138-146
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjlp1960/44/2/44_2_138/_pdf/-char/ja