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食物アレルギーの思わぬ原因」の回で見てきたように、人間の最大の器官ともいえる「皮膚」がアレルギーに深くかかわっているのは間違いありません。

アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎、喘息、食物アレルギーは、すべて皮膚からアレルゲンに触れる経皮感作が、何らかのきっかけになっている可能性があると指摘されています。

皮膚のバリア機能に関する遺伝子

IrwinMclean

IrwinMclean
画像:ダンディー大学mclean-labより

スコットランドのダンディー大学(University of Dundee)のアーウィン・マクリーン氏(W. H. Irwin McLean)は、皮膚のバリア機能に関する遺伝子の解読に成功しました。この遺伝子変異が起きることで、皮膚のバリアが破れ、アレルゲンに感作してしまうといいます。

この遺伝子とは、皮膚の角質層の形成に不可欠な「フィラグリン」というタンパク質を作ることに関わっています。「魚鱗癬(ぎょりんせん)」という皮膚が鱗のように剥がれ落ちる病気の患者は、フィラグリン形成がこの遺伝子変異によりできません。アトピー性皮膚炎の患者においても、このフィラグリン形成が阻害される遺伝子変異が、2~3割の割合で見つかるといいます。このフィラグリン遺伝子変異のタイプが何種類もあって、ヨーローッパ人と日本人とでは違いがあります。同じアトピー性皮膚炎の症状であっても、様々な環境要因によって違いがあり複雑です。

ただ言えることは、皮膚のバリア機能が不十分なために、アレルゲンとなる物質に触れたときに、皮膚内部の免疫細胞が、その破れた隙間から、侵入した物質を捉えてしまうことです。その結果、本来反応する必要のない物質にまで、アレルギー反応を起こしてしまうことになります。

急に食物アレルギーを引き起こす原因

人為的に皮膚をはがしたマウスにピーナッツオイルを塗ると、これまでピーナッツを食べても何も問題がなかったにもかかわらず、アレルギー反応を示すようになります。つまり、これまで問題なく食べられていた食物であっても、知らない間に皮膚から感作し、急に食物アレルギーを発症することも有り得るということです。

しかし、フィラグリン形成遺伝子の変異は、もともと多くの人がもっている遺伝子でもあります。もしかすると衛生環境が良くなかった時代には、細菌やウイルスに対して、前もって皮膚から微量を取り込むことで、実際に感染した場合の症状を最小限に抑えるという役目があったのかもしれません。

現代の生活は衛生面で清潔になり、そのような意味合いもなくなってきています。さらには皮膚の表面に共生している皮膚常在菌が減少していることも、皮膚のバリアを弱体化させることになっていると考えられます。

健康な人の場合、皮膚の表面は弱酸性に保たれています。これは悪影響を与える特定の細菌が増殖しないように調整するためで、腸内環境と同じく、様々な微生物との共生の結果、バランスが保たれています。しかし、毎日せっけんやボディソープの使用が当たり前になり、皮膚常在菌がこすり落とされていることを想像すれば、この絶妙なバランスは崩れ、弱酸性がアルカリ性に傾いている可能性があります。こうなれば、自らアレルゲンに感作しやすい状況を作り出していることになってしまいます。

微生物による免疫の教育

アトピー性皮膚炎も免疫系の疾患であるということは、やはり農村部に比べ都市部の方が、有病率が高くなっています。これは農場効果と言われる免疫系への良い影響で、自然界にある様々な微生物に暴露する機会が農村部の方が多く、免疫系がうまく調整されているからです。
免疫系がバランスよく働くためには、腸内細菌のバランスも大切です。その為、腸内細菌の多様性が失われると、アトピー性皮膚炎になるリスクが高くなるといいます。免疫系が十分に教育されていると、おかれた環境において必要な時に活性化し、そうでないときには抑制する働きをします。

ドイツの児童を対象にした研究も同じ結果を導き出しています。この研究によると、アトピー性皮膚炎の有病率は、ピロリ菌に感染している児童が、感染していない児童の3分の1だったと報告しています。(O.Herbarth『Helicobacter pylori colonisation and eczema』)ピロリ菌に感染することで、炎症反応を抑制する免疫細胞が十分に働いているのです。

さらに、妊娠中の母親の環境も少なからず影響していると思われます。妊娠中に母親が家畜の世話をする機会が多いほど、生まれてくる子どもはアトピー性皮膚炎になるリスクは低くなるといいます。つまり妊娠中の母親自身の微生物暴露が、生まれてくる赤ちゃんの免疫機能に影響を与えているということです。

寄生虫の影響も無視できない要素の一つです。ベトナムの農村部の子供たちを対象にした大規模な実験では、寄生虫の駆虫が、皮膚からのアレルゲン感作のリスクを高めるという結果が出ました。ベトナムの農村部では、ほとんどアレルギー疾患はみられません。これは寄生虫感染によって、免疫系が教育され、免疫機能が適切に働いているからだと言えます。駆虫して、そのバランスの取れた状態から寄生虫がいなくなると、一気にアレルギーを引き起こす方へ傾いてしまうのです。

喘息を誘発するものとは

続いて喘息ついても見てみましょう。
1990年代頃になると、子どもが喘息を発症するかどうかは、父親よりも母親の方が大きく関わっているということが言われるようになります。

それは、妊娠中に膣炎にかかった場合、その子どもは喘息を発症するリスクが40%増加するとした報告や、妊娠中にインフルエンザウイルスに感染すると、子どもが喘息を発症するリスクが倍増するという研究結果が出てきたからです。ただし、これは細菌やウイルスが直接的に喘息を引き起こしたというわけではなく、母体で起きる炎症反応が、胎児に影響を与えたということなのです。

研究者たちは証拠を集めるために様々な研究を行いました。シカゴ小児記念病院のラジェシュ・クマール氏は、絨毛膜羊膜炎(子宮頸管から菌が入り、胎盤に軽い炎症が起きます。)という症状を調査した結果、絨毛膜羊膜炎を起こした母親から生まれた子どもの喘息リスクが、約5倍にも上昇することを発見しました。これは子宮内での母親の免疫反応が、胎児の免疫系に刷り込まれることを示していました。

同時に胎児の免疫反応が、母親の免疫反応に影響を与えることもあるといいます。そもそも免疫の本質とは「自己」と「非自己」を区別することです。となると、遺伝情報の違うお腹の中の赤ちゃんは、母親にとって本質的に「非自己」の異物とみなされるはずです。しかし、実際はそうはならず、母親の免疫系は胎児を寛容に受け入れるのです。
花粉症などのアレルギー体質の母親が、何度かの妊娠・出産を経る中で、症状が緩和していくという場合があります。これは、妊娠で胎児に対する免疫の働きが抑制されることで、免疫系全体の免疫反応も抑制的に変化したと考えられます。

母体の免疫反応が胎児の免疫反応に影響を与え、生まれた後のアレルギーを誘発してしまっている可能性がありそうです。しかし、母親だけにすべての責任を押し付けて解決することではありません。生まれてくる子どもの免疫系に影響を与える要素が、母体の「環境」にあるのであれば、その環境に関わる人たちも直接的・間接的に影響を与えていることになります。
風邪やインフルエンザ、その他の感染症に罹らないように配慮することはもちろん、近くでの喫煙も炎症反応の原因となります。また化学物質やカビなどの多い住環境も良くないでしょう。

喘息を抑制していた意外なもの

喘息のアレルギー反応を抑制する働きが確認できたものの中に「ピロリ菌」があります。ピロリ菌は、ヒトの胃に生息する細菌で、年齢が若いほど感染率は低くなっています。ピロリ菌感染者の方が喘息患者は少なく、喘息の発症時期も遅れる傾向があることがわかってきました。
近年の小児喘息の増加とピロリ菌感染率の低下は、逆の相関関係になっているという点が興味深いところです。

アン・ミュラー(Anne Müller)氏らの研究によると、アレルゲンを噴射し、喘息を誘発したマウスに、ピロリ菌を感染させるとアレルギー反応が低下したといいます。ただし、生きたピロリ菌でないとその効果はなく、また、大人になってからより、年少期にピロリ菌に感染させたマウスの方が、アレルギーに対する予防効果が高くなると報告しています。(https://www.jci.org/articles/view/45041)

つまり、ピロリ菌感染が免疫系に影響を与え、アレルギー反応に対して抑制的に働くということです。そしてその効果は幼いうちに感染するほうが良いということになります。やはり、免疫反応の調整は、幼いうちにある程度方向づけられるということなのでしょう。
【※ピロリ菌に関しては→「ピロリ菌と子育て」を御覧ください。】

アレルギーを誘発する現代の生活

近年、子どもでも花粉症が増えています。これは、胎児期における母体の免疫反応による影響なのか、それとも生後の環境による免疫系の発達に起因するものなのか、区別は難しいでしょう。
しかし、アトピーや喘息と原理的には同じと考えられます。炎症反応を抑制する側の免疫細胞が少ないために、花粉という物質に対して過剰に反応してしまうのです。幼いうちに調整されるべき免疫系の調整が、現代では難しくなってきているのです。

現代の生活から推測するに、第一に微生物に接触する機会も種類も減っていることが言えます。自然の中で育った家畜と、清潔で近代的な環境で飼育された家畜とでは、自然の中で育った家畜の方が、免疫制御に関わる遺伝子の発現が多いことが分かっています。これは人間でも当てはまります。特に都市部の環境で育てば、免疫制御する側の免疫細胞は少なくなり、アレルギー反応を起こしやすい体質になると言えます。そしてそれが、二代三代と都市部で生活する親子間で進んでいくとすれば、よりその性質が顕著に表れてきてもおかしくありません。

また、アトピー性皮膚炎のところでも出てきたように、皮膚のバリア機能が全体的に弱まってきているのではないかと憂慮されます。清潔にしておくことはもちろん大切なことですが、やはり現代人はボディソープやシャンプーで皮膚を洗いすぎている傾向があります。その結果、皮膚常在菌である表皮ブドウ球菌やアクネ桿菌などの安定生息を脅かし、さらにはエサとして必要な皮脂を奪ってしまっています。表皮ブドウ球菌は、アンモニアやインドールと言った悪臭の原因になる物質を抑えてくれるスキンケアに欠かせない菌なのです。
また、皮膚の表面を酸性に保つことができなくなり、悪さをする細菌の増殖を許してしまいます。さらには、紫外線などの刺激に対しての保護機能も弱まります。

目に見えないことをいいことに、現代の私たちは、貢献してくれている細菌たちの存在を無視し続けてきてしまったのかもしれません。このような事実が次々とわかってきた以上、常に細菌たちの存在を意識し、生活を考えていく必要に迫られそうです。ひいてはそれが将来の子どもたちの健康にも繋がるのです。

【参考・引用・関連リンク】
『寄生虫なき病』 モイセズ ベラスケス=マノフ(著) 文藝春秋

『失われてゆく、我々の内なる細菌』 マーティン・J・ブレイザー(著) みすず書房

『腸を鍛える―腸内細菌と腸内フローラ』 光岡 知足(著) 祥伝社新書

・鳥居薬品株式会社 講演1 秋山真志先生
アトピー性皮膚炎の多様な病態:フィラグリン遺伝子変異/角層バリア障害から内因性アトピーまで

Image courtesy of photoAC

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