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自閉症の原因は「愛情に欠ける養育」なのか

自閉症という言葉が使われ始めたのが1943年と言われています。オーストリア系アメリカン人の精神科医レオ・カナー(Leo Kanner)は、分類できない症状を見せる子供たちを報告しています。

Leo-Kanner

Leo Kanner

その中で『幼児自閉症 infantile autism』という言葉を使っていますが、これは「自己の中に閉じこもっている」という意味で、「自己」を表すギリシャ語からきているといいます。

当初、レオ・カナーは、自閉症の原因が「母親の愛情に欠ける養育」にあると考えていました。

この翌年には、オーストリア、ウィーン出身の小児科医ハンス・アスペルガー(Hans Asperger)も同様の症例を報告しています。アスペルガーは、共感能力や交友関係の構築は不得意だけれど、特定の事柄になると没頭し、詳細に話し続ける様子から、「小さな教授たち」と呼びました。
ちなみにアスペルガー自身も子どもの頃、この症状に悩まされていたといいます。アスペルガーの研究はドイツのみで行われていたために、「アスペルガー症候群」として広く世に知られるようになったのは何十年か後のことです。

1940年代に「自閉症」という言葉が知られるようになると、「冷蔵庫マザー (refrigerator mother)」という言葉が次第に有名になるのでした。

これは自閉症の原因が、冷淡な母親の養育にあるとされた為、自閉症の子どもを持つ母親に対するレッテルとして使われ始めることになります。レオ・カナーが発表した論文がきっかけとなり、それに拍車をかけるように、当時ブルーノ・ベッテルハイムという人物が、この説を書籍で後押ししました。その結果、広く一般に認知されるようになってしまいます。(権威と言われたブルーノ・ベッテルハイムはのちに、経歴詐称や患者への暴行・虐待等によって、その権威は失墜することとなります。)

このような背景の中、当時の自閉症の子供をもつ母親は、自責の念に駆られ孤立し、精神的に追い詰められたといいます。現在でも、いまだに母親の養育や愛情に問題があると、年代によっては信じ込んでいる人がいるのは、この時の議論が影響したためと考えられます。

ワクチン悪者説

その次に出てくるのが、ワクチン接種が原因であるとするものです。Vaccine Injection
1998年2月、イギリスの医師で生物医学研究者として知られるアンドリュー・ウェイクフィールド(Andrew Jeremy Wakefield)とその研究チームが、世界的に評価の高い医学雑誌『ランセット』に論文を発表しました。その内容が世界に衝撃を与えることとなります。

三種混合ワクチン(MMRワクチン ※麻疹(はしか)、おたふく風邪、風疹)接種が、炎症性腸疾患と自閉症を引き起こしているというものでした。ワクチン接種が自閉症を引き起こしている可能性があるという研究報告は、当時自閉症と診断される子どもの増加と一致しており、それを世間は信じ込んでしまったのです。この時、ウェイクフィールドは単独ワクチンの方が、リスクがないと推奨していました。その結果、世界的に三種混合ワクチン接種を控える事態までになります。

しかし、世界各国で見れば、三種混合ワクチンの接種率と自閉症の増加率は必ずしも一致せず、またワクチンと自閉症の関係を証明するような研究も出てこなかったのです。
この論文の信ぴょう性に暗雲が立ちこめ始めたのは、ウェイクフィールドが論文発表前に、反ワクチン団体から金銭を受け取っていたという事実を、雑誌記者が暴いたことがきっかけでした。そして後に、論文データの不正や研究倫理違反、単独ワクチンの特許を申請していた事実などから、この論文は2010年に論文全体が撤回される事態となりました。

結局、世界的な自閉症児の増加の原因を突き止めることは、未だできていないと言えます。
しかし近年、腸内細菌との関わりからその糸口が、捕らえられそうなところにきています。

共通する原因「〇〇」の正体

1970年代頃にはすでに、自閉症児の家族に、なんらかの自己免疫疾患をもった人が多いということが報告されていました。また1980年代にも、研究者は免疫疾患に関する遺伝子変異が、自閉症児とその家族に、高い確率で見つけられることにも気付いていました。

自閉症児の脳は健常児と比べ、生後間もなくから急激に大きくなり、小学校へ上がる前くらいまでは、健常児より大きい。(7歳頃になると健常児とほぼ同じ大きさになり、その後は健常児の方が、脳のサイズは大きくなるといいます。)また、脳の領域における大きさにも差があり、自閉症児は、情動的な記憶を司るとされる「扁桃体」が大きい。
自閉症児の脳に影響を及ぼしている「何か」が存在することは間違いなかったのです。

ジョンズ・ホプキンス大学のアンドリュー・ジマーマンらの研究で、明らかとなった事実に驚かされます。免疫系が脳の発育に関係しているとすれば、直接脳を観察すればその証拠が見つかるはずだと、亡くなった自閉症患者の脳のサンプルを採取し、調べることにしたのです。すると、予想通りその証拠が見つかったのです。
それはなんと「炎症」でした。そして、生きている自閉症患者からも、髄液を採取して炎症反応の値を測定してみると、やはり高い数値が出たのです。

(※「炎症」とは、細菌やウイルスといった異物が体内に侵入しようとした時に、それを体外へ排出しようとする免疫反応です。赤く腫れたり、発熱したりします。また、外傷によって自身の壊れた細胞を排除し、再生する場合にも炎症反応を起こします。血液検査では、CRP(C-リアクティブ・プロテイン)数値の高さで、炎症の程度を測ることができます。)

そして、自閉症児の母親から、胎児の神経のタンパク質を攻撃する免疫細胞が見つかっています。
この免疫の抗体を妊娠中のマウスやサルに注射し、生まれてくる赤ちゃんが自閉症の症状を表すかどうかを調べた結果、やはり自閉症の症状を示しました。さらには、そのマウスの脳を直接観察したところ、炎症反応を示す信号伝達物質が異常に放出され、炎症を引き起こしていることが分かったのです。

免疫システムのパラドックス

スコットランド北西に位置するセント・キルダ群島。
そこは野生がそのまま残る自然環境の厳しい離島です。ユネスコ世界遺産にも登録されている自然保護区で、一切の動植物の持ち込みが許されません。現在では、島民はおらず、研究者や保全作業員が限られた時期だけ訪れるのみとなっています。

研究者たちは、ここで暮らす野生のヒツジたちを数十年に渡り調査してきました。免疫疾患の指標となる自己抗体の数値データを集め続けてきたのです。Soaysheepkilda
その中で、細菌や寄生虫等による感染症リスクが高く、極寒の厳しい自然環境の中で生き延びることができる個体は、実はこの自己抗体の数値が高いことが分かったのです。つまり、免疫が他の個体より強固で、よく活性化しており、病原体から身を守る能力に長けているということです。

しかし、この防御力の高さが、もう一つ別の負の側面をみせます。
防御力の高いこの地域の野生ヒツジは、他のヒツジに比べ多産にならないのです。つまり、繁殖能力が低下している事実が分かったのです。強固な免疫システムを備えると、一方で少子化を引き起こしてしまう。種の繁栄を目的とする生命活動におけるパラドックスが生まれていたのでした。

免疫システムの本質は、「自己と非自己を区別し、非自己を排除することである」と言えます。ということは、別の遺伝子を持つ「胎児」は、本質的には非自己の異物となってしまうのです。
防御力を高める、すなわち免疫の強度を高くし過ぎると、哺乳類は妊娠を継続することが難しくなってしまうのです。
これは哺乳類全般に当てはまることで、病気や感染症から自身を守るため、免疫の強度を上げようとする一方で、子孫を残すために胎児は異物として排除しないというバランスを取る必要があります。それだけ高度化された免疫システムは、調整が難しいのです。

自閉症児の母親は、病原体に対する防御力が高く、免疫反応が活性化しすぎる傾向があるのかもしれません。これは必要のないときにも、免疫が活性化し、炎症を適切に抑えることができない状態です。この炎症反応が、アレルギーや免疫疾患、そして自閉症につながるのだというのです。

自閉症は「自己免疫疾患」なのか

現在では、自閉症はアレルギーや自己免疫疾患と同じ分類に入るのではないかと考える研究者が増えてきています。
アメリカの国立保健研究所(National Institute on Aging)の分子生物学、遺伝学博士のケビン・ベッカー(Kevin G. Becker)は、2007年に発表した論文※で、自閉症は喘息と同じ疫学的傾向を示すと指摘しています。そして、自閉症の増加を引き起こしている環境要因は、喘息やアレルギー疾患の増加と同じものであり、衛生仮説が直接的に影響しているとみています。(※「Autism, Asthma, Inflammation, and the Hygiene Hypothesis」)
(衛生仮説とは、本来進化の過程で免疫を鍛え、教育してくれていた細菌や微生物たちを、現代社会の清潔な環境が排除してしまったことで、免疫系に異常が起きているという説を指します。)

自閉症児の男女比は、およそ4対1で男児の方が多く、なぜこれほどの差があるのか疑問でした。様々な説が言われる中で、免疫系の働きからのアプローチが興味深いのです。
胎児の健康状態について、一般的に女児より男児の方が、抵抗力は低いと言われています。幼いころ「男の子はよく風邪をひく」と実感されているお母さんやお父さんも多いはずです。
また、妊娠中に母親が感染症にかかった場合、流産や早産となる確率は男児の方が高いとされます。しかし男児は思春期に入ると、性ホルモンのテストステロンの分泌が増えるため、免疫系の疾患はあまり増えません。これはテストステロンに免疫抑制効果があるからです。

この話から考えると、男の子は胎児期や幼少期といった幼い時期において、炎症反応に対して非常に影響を受けやすいということが分かります。実際に、母体が何らかの炎症反応を示しているとき、胎児が炎症傾向を示す確率は、男児の方が高いと報告しています。

自閉症は、胎児期の母体の炎症反応に起因する可能性が出てきたのです。妊娠中の感染症による体内の炎症反応が、胎児の正常な脳の発達を阻害するというのです。

妊娠中に母親が風疹にかかると、生まれてくる赤ちゃんは先天性風疹症候群(CRS)という障害を引き起こす可能性があります。そして、そのうちの1割が自閉症を併発するといいます。その他にも、麻疹(はしか)や水疱瘡、インフルエンザといった感染症でも、同様に自閉症を発症するリスクが高まることが知られています。

カリフォルニア工科大学の神経生物学者ポール・パターソン(Paul H. Patterson 2014年に亡くなられています。)らによる研究成果が、これまでの事実を証明してくれています。(『Activation of the maternal immune system induces endocrine changes in the placenta via IL-6.』)
それによれば、マウスをインフルエンザウイルスに感染させて、その赤ちゃんの傾向を調べた結果、やはり発達障害のある自閉症様の障害が観察できました。しかし、妊娠中期以降に感染させた場合は、発達障害のある赤ちゃんマウスは生まれなかったといいます。

ここで疑問が湧いてきます。赤ちゃんマウスの発達障害を引き起こしたものは、ウイルスそのものなのか?それとも母体の炎症反応なのか?この違いによって、原因が全く違ってきます。

そこで、生きたウイルスではなくウイルスのRNA(リボ核酸)だけを母マウスに注入しました。この場合は、ウイルスは死んでいるので、ウイルスの作用ではなく、ウイルスの遺伝子を持った物質を排除しようとする炎症反応によるものだと判断できるというわけです。
はたして結果は、ウイルス感染の場合と同じく、発達障害のある赤ちゃんマウスが生まれました。さらに、今度は炎症を誘発する情報伝達物質であるインターロイキン6だけを注射して、生まれてくる赤ちゃんを観察しました。その結果もやはり発達障害を示す赤ちゃんマウスが生まれました。
このことから、妊娠初期における母体の炎症反応が、胎児の神経細胞の発達を妨げてしまうことが証明されたといえます。

炎症反応を抑えるには

母体の炎症反応が、胎児の神経細胞の発達を妨げているとするならば、まず一番影響があるとされる妊娠初期の炎症反応を抑えるよう細心の注意が必要です。

風疹や麻疹のような感染症に注意することはもちろん、妊娠に気づかずに、ワクチン接種を受けるようなことがないようにしなければなりません。予防のためのワクチン接種は、妊娠可能性があるもっと以前に済ませておくに越したことはでしょう。

さらには、軽度の炎症であっても、どの程度胎児に影響があるのかわかりません。その為、食物アレルギーや花粉症などのアレルギー性鼻炎のある人は、食事を見直すなど体調管理を徹底して、体質を改善する方がよいと考えられます。また、ジャンクフードをよく食べる人や、メタボリック症候群の人は、常に体中で軽度の炎症反応が起きていますので、やはり体質を改善することが大切です。

ヨーグルトなどのプロバイオティクスを利用するのも良い方法です。効果に個人差はあるものの、常日頃から腸内細菌のバランスを整えておくことは、自身にとっても生まれてくる赤ちゃんにとっても良いことでしょう。ただ、偏った摂り方やサプリメントだけに頼るようなことはせず、バランスの取れた食事が良いとされます。特に、腸内細菌たちのエサになる食物繊維は、意識して食べることが、腸内細菌叢のバランス維持に効果的です。

近い将来には、妊娠の検診時に、炎症反応にかかわるインターロイキンの検査や、腸内細菌叢の菌構成を調べる検査が義務化される日が来るかもしれません。そして、それを改善するための方法論も確立されてくることでしょう。

自閉症も改善する可能性

自閉症児は、程度に差はあるものの腸疾患を抱えていることが多く、海外ではセリアック病などを併発しているケースがたくさんあります。セリアック病とは、小麦に含まれるグルテンにアレルギー反応を起こしてしまう自己免疫疾患です。
自閉症と診断された5歳の男の子が、セリアック病であることが分かり、小麦類を除去したグルテンフリーの食事に変更したところ、自閉症の症状も改善されたという事例があります。これは、セリアック病による体内の慢性的な炎症反応が改善された為と考えられます。

また、自閉症児とそうでない子どもの腸内細菌叢を比較した場合、自閉症児の腸内細菌にはバクテロイデス門の中でも、毒素を産生する有害な細菌類の割合が多いことが知られています。
自閉症の症状に加え、何らかの腸疾患やアレルギーを持っている場合、腸内環境を整えることで、自閉症の症状を改善できる可能性があります。腸内細菌と免疫系は常に密接につながっており、腸内細菌の側を整えることで免疫系に良い影響が出るのです。食事で改善が難しい場合、近年研究が進んでいる「糞便移植」によって、健康な人の腸内細菌叢を移植し、根本的な解決が可能になる日もそう遠くないでしょう。

その他にも、自閉症児が感染症にかかると、一時的に自閉症の症状が治まることがよく観察されています。一見すると、細菌に感染すれば炎症反応が強くなり、自閉症の症状が悪化するのではないか?と考えてしまいます。しかし、実際は逆になるといいます。免疫系は本来の攻撃相手である外部からの侵入者の方へ向かいますので、自己の細胞を攻撃してしまう間違った炎症反応が抑制されるのです。臨床的に安全が担保されておらず危険が伴うので、現時点ではお勧めできませんが、ヒトに対する害の少ない寄生虫に感染することで、免疫の働きが変化し、症状を改善することも可能性としては十分にありえます。
自閉症には様々な分類、症状があり、もちろん今回の話がすべてに当てはまるというわけではないでしょう。発達障害の診断は非常に難しく、個人差も大きいからです。誰にでも当てはまるというものではありません。しかしそれでも、免疫の働きを理解することで、悩みを解決する何らかの糸口がつかめるかもしれません。

私たちは生命として、実は急激な変化を伴う時代を生きています。
衛生仮説で指摘されるような、都市化に伴う生活環境の変化。それは、人類の進化とともに共存してきた微生物との接触機会を奪い、多様性を失わせ、私たちの免疫システムのバランスを大きく変えてしまいました。免疫系の異常が表出するにつれ、アレルギーや自己免疫疾患、そして自閉症といった症状の増加につながっていると考えられます。

このような時代に突入してしまった以上、もう引き返すことは不可能です。その中で、どう自然の原理を理解し、受け入れながら、私たちは子を育んでいくのかを模索し続けなければならないのです。

【参考・引用・関連リンク】
『寄生虫なき病』 モイセズ ベラスケス=マノフ(著) 文藝春秋

『失われてゆく、我々の内なる細菌』 マーティン・J・ブレイザー(著) みすず書房

『腸を鍛える―腸内細菌と腸内フローラ』 光岡 知足(著) 祥伝社新書

『アンドリュー・ウェイクフィールド (Andrew Wakefield)』 白楽 研究倫理

Image courtesy of FreeDigitalPhotos.net

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