今回、新潮新書から発刊されています『反省させると犯罪者になります』の著者、岡本茂樹先生にインタビューさせて頂きました。

岡本先生は現在、立命館大学産業社会学部の教授で、日本ロールレタリング学会の理事長もされています。さらに長きにわたり篤志面接委員として、累犯で犯罪傾向の進んでいる者が収容される刑務所において、個人面接や更生プログラムの授業を行われてきました。
(※追記 2015年6月、岡本茂樹先生は亡くなられました。)

今回インタビューさせて頂いた経緯は、あらゆる場面で常識的価値観として受け入れられている「反省させる」ことが、いかに本当の解決につながらないかという事を、ご著書を読んで思い知らされたからです。子育て中の世代は日々子どもの問題行動と対峙し、犯罪にまで至らなくとも、他者とのトラブル、子どもの行動、言動に頭を悩ませることが多いと思います。その解決のヒントを今回のインタビューの中で感じ取ってもらえればと思います。

常識を覆す衝撃的なこの著書のタイトルは、岡本先生ご自身がつけられたと言います。
このタイトルが意味するところは、まさに目から鱗。なぜ反省という間違った方法で教育することになってしまっているのか。なぜ反省させないことが本当の反省につながるのか。
現在、子育て中のお父さんお母さんはもちろん、現役の教師、人を育てる立場にある人は、知っておかなければいけない現実がそこにありました。

インタビューは 岡本先生の研究室にお邪魔し、和やかな雰囲気の中でスタートしました。
(インタビューは KosodateMedia 編集長の尾崎です。)


尾崎 :まず受刑者の更生の実態について、一般の方はほとんど知ることがないと思います。ネットでもそのような情報はあまり見かけません。実際はどのような感じなのでしょうか?

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岡本 :実際の実態をそのまま言いますね。刑務所はA級B級に分かれているのはご存知ですか?

尾崎 :いえ、先生の本を読んで初めて知りました。

岡本 :そうですか。刑務所はA級とB級に分かれているんですね。その次に「L」。Long、10年以上の意味です。順番でいえば、A、B、LA、LBと思って頂ければいいと思います。

2006年に法改正(※)があって、受刑者に積極的に矯正教育をしようという動きがあります。ほとんど教育できていない状況でしたから・・・まぁ今もなんですけどね本当は。改善指導という形でグループワークなどを積極的にやりなさいと法務省が言うようになりました。

(※「刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律」※現名称「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」・・・「改善指導」という項目が新たに設けられ、受刑者に矯正教育を行う事としている。)

尾崎 :それ以前は、そのような取り組みは全くなかったのでしょうか?

岡本 :おそらくは各施設が自主的に細々とやっているくらいというところですね。刑務所っていうところは罰を与えるところで、教育っていうのはおざなりとまでは言わないけれども、例えば、殺人を犯した人なら被害者の手記を読ませたり、法務省が作ったビデオを見せて感想文を書かせたりとその程度です。

尾崎 :岡本先生は、そのような現状の中、カウンセリングという形で支援をされていたのですか?

岡本 :その前に先ほどの説明の続きを言っておかないといけないんですが、A、B、LA、LBとありますよね。法務省が改善指導しなさいという事で、どういう風になったかというと、基本的な考え方は、出所が近い者を積極的に教育しなさいという事になるわけです。とりあえず。

尾崎 :とりあえず。

岡本 :全員にやることなんて不可能なんです。今の現状では。支援者も足りないし、ノウハウもないし。でもとりあえずやるんだったら、出所が近い者。再犯を防ぎたいということで、Aから順番に一応は改善指導が行われていると考えればいいと思います。

LA、LBの施設となってくると、ほとんど手つかずの状態という感じなんです。なぜかというと出所しないから。刑期が長いですからね。私が刑務所側から依頼されているのは、個人面接は個人面接で1つありますが、2006年に改善指導というものが始まってから、出所が近い者をチョイスして授業をするという2本立てでやっています。

尾崎 :そうなんですね。すると無期懲役などになると、30年以上先の最後の最後に支援がやっと入るという事になるんでしょうか?

岡本 :無期懲役に関して言うと、いつ仮釈放になるかわからないというところがありますから、無期懲役の受刑者には何もやっていないに等しいと思ってください。有期刑だと最高30年なのですが、大体この時期に出るだろうというのが分かりますから、そのような受刑者を4,5人集めて、1グループをやっと作って改善指導を行っているというのが現状ですね。

尾崎 :すると何も支援を受けずに出所する受刑者が多数いるという事なんですか?

岡本 :それが圧倒的多数です。支援を受けているのはごくわずかですね。ただ外との連携が積極的に言われているので、出る前に就労支援は受けています。就労支援と言っても、社会福祉のケースワーカーなどが入って、色んな福祉サービスの説明をするという事はしています。

でも何分教育を全然していないから、人とつながるっていうか、そういうトレーニングや学びというものがないので、就労支援だけを受けて一応仕事に就いても、結局人とつながることができません。だから仕事も続かなくて、経済的に破たんして、パン一個盗んでまた刑務所に戻るっていうことが普通に起こる。これが現状なんですね。

尾崎 :そうなんですね。普通に考えても、20年30年と刑務所生活をしていて、いざ社会に戻って、就職先が決まっていたとしても続かないですよね。

岡本 :続かないですねぇ。本にも書きましたが、刑務所で上手に生きるっていうと語弊があるんですけど、言われたことをそのまま従う事、こうした方がいいと思っていても飲み込んで、本音を言わず人と距離を置いて、淡々と日々を過ごすことが、賢い方法になるんです。そうしないとやっていけない。彼ら側の立場になるとそうなるんです。

尾崎 :問題を起こさず過ごすことが出所や仮出所につながるわけで、ずっと気持ちは抑え込んでいるのですね。

岡本 :真面目に務めることは、刑務官から見れば評価は得られるけれど、何も学んでないから、結局価値観とかは何も変わってないんですよ。それで感情を抑圧している分だけ、抑え込んでいる気持があるわけですから、外へ出た時に同じことを犯してしまう事になるんです。

尾崎 :本のタイトルにもあります「反省」なんですが、よく考えると「反省」の定義も難しくて、上辺の反省だけで評価を得て出所するという形になってしまうのでしょうか?

岡本 :「反省」というよりは「もう二度とここに戻ってきたくない」という感じです。悪いことをしたという自覚はあるから、必ずしも上辺とは言えなくて、一応は申し訳ないという気持ちはある。ただ、なぜその事件を起こしたとか、自分にどういう問題があったのかという事に、全然気づかずに、ただただ「すいませんでした。ごめんなさい。」っていう世界になっているので、結局自分の問題というのを理解しないまま出てしまって、また同じ問題でつまずくことになるんです。

尾崎 :本にあります問題行動が起きた時は、内面的な抑圧に気づくチャンスだというのはそういう事なんですね。

岡本 :そういう事ですね。

尾崎 :抑圧していた部分を内省するタイミングと捉えられるわけですね。カウンセリングをされていて「この人は変わりそうだ」というのが見えるときがあるんですか?

岡本 :見えるときというか、カウンセリングの手順はシンプルなんですよ。

一般のカウンセリングと同じで、人間関係などで受刑生活がしんどいとか、うまく付き合えないとか、自分の性格がすぐにカッとしてしまうのは何でだろうとか、そんな問題を抱えてくるんです。でも一応は、自分の問題として捉えることができているわけで、そこでしばらく話を聞いていきます。「いつからそういう風な感じになっていますか?」って聞くと、たいていは幼少期、小学校や中学校の頃ってなってきます。こうなると「よしっ」と。きっかけがそこにあるわけですよ。

「じゃ、その時どんなことがあった?」と聞いていくと、だんだんと過去の自分の状況、父親から暴力を受けていたとか、両親が不和であったとか、養育放棄とか、色んな問題が出てくるわけです。その時に、その人の心の痛みをキャッチできれば、その場面を捉えて、「その時、どんなふうにお父さんに言ってもらいたかったですか?」「本当はどんな気持ちだったんですか?」ってこんなことを聞いてみるんですよ。

「ちゃんと話を聞いてもらいたかったなぁ」とか、そういう言葉が出れば、それを再現させるんです。「ちょっと僕をお父さんだと思って、その時の自分に戻った気持ちになって、僕に言ってみて」って言って。

「ちゃんとなんで話を聞いてくれなかったんだ!」と言うと、「もっと強く言ってごらん」ってけしかけるんです。すると怒りが出てくるわけです。受刑者は過去を振り返るなんてことを全然していないですから、初めてそういうことを経験するんですね。怒りが出てきて、涙が出る人もいます。するとそこで「あっ!自分は傷ついていたことで、悪いことをしてその傷を解消していたんだな」って、自分で気づいていくわけです。

人に悪いことをしたという自覚はあるわけですが、もともとの原点は「自分が傷ついていたこと」にあったと気付くと、すっごいガラッと変わるんですね。

尾崎 :過去の傷が見つかれば、犯罪に至るまでがつながるって感じなのですか?

岡本 :そうです!要するに悪いことができる人っていうのは、悪いことをされているっていう見方をした方がいいと思うんですよ。人を傷つける人は、自分が傷ついているという見方をしないといけないと思います。ごっつい犯罪ができるということは、ごっつい傷つきがあるとしか考えられないじゃないですか。幸せな人が犯罪を起こすことはないわけで。結局は加害者なんだけれども、もともとは被害者だったということです。

心の中が整理されて「俺はこういう事で、悪いことをしていたんだな」と自分で理解していくと、自然と被害者の事が考えられるようになるんですよ。こうなってやっと本当の反省という捉え方ができるわけで、「ごめんなさい。すいません。」とそんなことを言っている段階は、上辺というか表面的という風になってしまいます。

尾崎 :まず反省を強いるのではなくて、問題を起こした本人の内面を先に表に出させてあげないと、本当の解決には向かわないという事なんですね。

岡本 :学校教育にも当てはまることなのですが、今月の目標と書いてあって「相手の気持ちを考えよう」というようなのがよくあるじゃないですか。これは通じるところがあって、人の気持ちを考えなさいという事を言い過ぎるんですよ。刑務所でも、矯正教育全般にも言えるのですが、「被害者の気持ちを考えて、痛みを分かれ」と。これは当たり前ですし理解できるんですが、被害者の事ばかりをやっていても、結局「すいません、ごめんなさい。」にしか至らないんですよ。

だから本当に他者の事を理解する為には、自分のことを理解しないと他者の事も理解できない。相手のことを考えるんじゃなくて、まず自分のことを考えるっていうことを最初にしないといけないということなんです。

尾崎 :誰かを傷つける人は傷つけられているという言葉がありましたが、やはり幼少期や少年期の頃の経験が多いのでしょうか?

岡本 :もう100%と言っていいくらい、何がしかの問題が幼少期の親子関係にあるとみて間違いないと思います。

尾崎 :それは、ほぼ親子ですか?

岡本 :そうです。親か、親がいない場合は養育者ですよね。お父さんお母さんがいないっていうことが前提になっていますから、そこにも問題があるわけで。それと連動して教護院、今の児童自立支援施設ですね。ここに入って、施設内暴力によって暴力性を身につけるといった流れもあります。

尾崎 :犯罪にまで至らなくても、例えば一般の家庭で非行に走ってしまう、シンナーやタバコなどに手を出してしまうといったケースでも、おそらく幼少期に何か原因あるだろうと予想できるものですか?

岡本 :ええ、そのようにみます。だから僕は「必要行動」っていうことを言っています。未成年のタバコは許されないことですが、モヤモヤした気持ちを解消するのにいいんですよ。そういう点では、ストレスに対してそこで助けてもらっていたという見方ができるわけです。じゃあ「ストレス」を見ないといけないわけですよね。「タバコをやっちゃダメじゃないか!」という指導は、結局閉じ込めることになるんですよ。そうじゃなくて「なぜタバコを吸うようになったのか」という事を聞いていけば、どこかで心の痛みにつながる、全てがそこにつながるんですよね。

なにか問題を起こすっていうのは、必ず皆小さなものでも心の痛みがあるんですよ。そこを見ていかないと問題の本当の解決にはならないと思っています。

尾崎 :例えば子どもが問題行動を起こした時に、親としてはどのような態度をとるのがいいのでしょうか?ほとんどの親は、「怒る、叱る、謝らせる」という形しか選択肢を持ち合わせていないと思います。

岡本 :普通の人なら「何やってるんだお前は!」とポカッといくか、問い詰めて「二度とやるなよ!」と言うくらいなもので、反省とか決意を引き出すやり方は、もっと悪くさせると思った方がいいですね。

そうじゃなくて、「なぜ子供がそういう風になったのか」ということを考えるチャンスをもらったと捉えないといけません。親子関係を見直すチャンスだと考えて、「怒らないことを約束するから、どんなことがあったのか本音で話してほしい」と、どういうことが理由でそういうことをしたのかっていうことを聞いていけば、親にとっては耳の痛い話が出てくるとは思いますが、そこが話し合えれば親子関係はガラっと良くなりますね。「親がちゃんと話を聞いてくれた」っていう、ここだけで十分なんですよね。

尾崎 :そうすると、親の方も自分を見つめないといけないですね。

岡本 :そうです。そのチャンスにしないといけないわけで、大体が先送りしてさらなるピンチにしてしまっているわけです。

尾崎 :子供が小さいうちは特に、親の方が圧倒的に立場が強いわけで、親の思うように従わせるような関係があるように感じます。

岡本 :上下関係という風になってしまっていたら、それはおそらく指示命令的なパターンでそこまでの関係性ができてきてしまったと思うんです。小さいうちに「なぜそういうことをするのか?」っていうスタンスで子供と関わっていれば、そういうパターンには陥らないと思うんですよね。

叱ってばかりで指示命令的な関係だと、裏表のある人間をつくってしまってる可能性があります。親には問題を見せなくても、内面でモヤモヤしていたり、影で悪いことをしたりといった冷え込んだ関係になっていくと思います。

尾崎 :なぜそのようなことをお伺いしたかと言うと、知人から聞いた話なのですが、教育熱心なお母さんがいて「絶対ここの学校に入るんだ」と毎日缶詰め状態にして勉強をさせるわけなんです。小学校・中学校くらいまでは、優秀な成績で親の要求に応えることができていました。親も褒めてくれて一見いい関係だったんです。しかし、高校受験、大学受験となってくると周りも優秀な生徒が増えてきて思うような結果が出なくなってしまったんですね。そうなってくると気持ちが続かなくなって、女性の方なんですが、最終的には風俗店で働くようなところまでいってしまったんです。

このケースも同じような心理が働いているように思えます。親がそのような価値観を子どもに押し付けていたわけですから。子供は子供で健気にそれに応えようとしてきたわけですが、結果それができなくなってしまっときに、「親に認められない自分」という形で自分の存在を否定し、自尊心が崩れてしまったと。

岡本 :全くその通りですね。「挫折」っていうのがチャンスだったんですよ、今の話の場合。中学まではうまくいっていた、高校になってうまくいかなくなった。その時がチャンスですよね。この時に親も「親の思う通りのレールを走らせていたんだな」と見直しができて、本音で話しあえれば変わっていただろうけど、たぶん親はさらに追い詰めていったんではなかろうかと。

そうするとどんどん子供も、特に「いい子」っていう形で生きてきた者ほど、挫折感を味わうと「私はダメな人間なんだ」という考えをずっと持っていて、持ちながらの非行とか、あるいは表面に出なければリストカットとか、引きこもりになるなど様々な問題が起こります。

尾崎 :すると親の方が、何かしらのチャンスに気づいて、手を差し伸べて、アプローチをしてあげないと、子供の方が自分から解決に向かえるという風にはなりにくいですよね。

岡本 :それは無理ですよね。なんでこういう言葉が子供から出るのかなって、少し面白く考えて子育てをしていけばいいと思うんです。軽いちょっとした嘘とかを言った時に「嘘を言ったらダメ」と言わずに、「なんでここでその言葉が出るのかな?」っていう事を考えて、聞いてみたらいいと思います。

「なぜ」っていうスタンスで子育てをしていたら親の方も慣れていきますから、そしたら子どもの方も自分のことを聞いてくれるお父さんお母さんだって思えます。「なぜ」と言う視点で子供に聞いていくという事を幼いころからしていけば、思春期以降に冷たい関係にはならないと思いますね。

尾崎 :親側が「なぜ」と聞くスタンスですね。

岡本 :そうですね。子供に聞いてみないとわからないものです。何か理由があるわけですよ。『本当のことを語ってくれないかぎり人は変われない』というのが大きなポイントですね。

→〈その2

〉につづく


『反省させると犯罪者になります』 岡本茂樹(著)  新潮新書


『凶悪犯罪者こそ更生します』 岡本茂樹(著)  新潮新書


『いい子に育てると犯罪者になります』 岡本茂樹(著)  新潮新書


『ロールレタリング: 手紙を書く心理療法の理論と実践』 岡本茂樹(著)  金子書房


『無期懲役囚の更生は可能か―本当に人は変わることはないのだろうか』 岡本茂樹(著)  晃洋書房

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