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寄生虫と聞いて何を思い浮かべるでしょうか?
グロテスクな姿形をしたミクロの生物、ひどい痒みを伴う嫌なヤツ、ただただ怖い、気持ち悪い・・・良いイメージを持つ人はあまりいないのではないでしょうか。
寄生虫と子育てにどんな関係があるのか見てみましょう。
寄生虫は身近な存在
数十年前まで日本でも、寄生虫感染は当たり前のような存在でした。その代表がそう「蟯虫(ぎょうちゅう)」です。
一昔前まで非常に感染率が高く、感染者が近くにいることは珍しいことではありませんでした。
しかし、感染者が減少してきたことにより、昭和33年から小学校3年生以下で実施されていた蟯虫検査が、学校保健安全法施行規則の改正により2015年度で廃止されることとりました。
蟯虫検査と聞いて思い出すのが、今の子育て世代の人は、全員が経験しているであろうあれです。
肛門に青色のセロハンシールを押し付け、蟯虫の卵が付着していないか検査します。(キューピーちゃんみたいなイラストがしゃがんでいたように記憶しています。)
蟯虫は数ミリから1cm程度のサイズで盲腸に棲みついています。それが夜になると動き出し、肛門から這い出して産卵をします。肛門にセロハンをあてるのは、肛門周辺に産卵された卵が付着するかどうかで、感染の有無を判断するためです。
蟯虫は産卵をするときに、かゆみを起こす物質を分泌します。これがなんともかゆいらしい。その為、子どもは寝ている間にお尻を掻いてしまい、爪の間などに卵が入り込みます。そんなこととも知らずに朝起きて、いろんなところを触り、そこからまた誰かの口に入ります。蟯虫は感染力が強く、子どもたちは指をなめたり、手で食べ物を食べたりすることで、感染が広がっていく事になります。症状としては、ひどいかゆみによる不眠や掻いた部分の炎症などで、それほど危険な寄生虫ではないとされています。
昭和33年当時の検査結果は、約3割の児童が卵を保有しており、平成25年では約0.2%程度にまで減少しています。子どもにとっては当たり前の寄生虫でしたが、現在ではほとんど駆虫されてしまったといっても過言ではありません。
しかし近年、子どものアレルギー疾患と寄生虫感染の間に、密接な関係があることがわかってきました。
寄生虫がアレルギーを防いでいた!?
ケンブリッジ大学のアン・クック(Anne cooke)教授は、Ⅰ型糖尿病(子供に多い自己免疫疾患の糖尿病。インスリンを産生する膵臓の細胞を自身で破壊してしまう病気。)の発症が、蟯虫の感染で抑えられることをマウスの実験で発見しました。
また台湾の研究チームが2002年に発表した報告※によると、台北の小学生を対象とした蟯虫感染とアレルギーの関係を調べた研究結果において、蟯虫感染と喘息、花粉症などの鼻炎の間に、負の相関関係が見られたといいます。
(※『Negative association of Enterobius infestation with asthma and rhinitis in primary school children in Taipei』)
つまり、蟯虫に感染している子どもには喘息や花粉症の子が少なく、感染していない子には喘息や花粉症の子が多いということになります。そう言われると確かに、時代とともに蟯虫感染率が減少する一方で、アトピー性皮膚炎や喘息、花粉症と言ったアレルギー疾患を抱える子どもは、逆に増加の一途をたどっています。
その他にも興味深い研究が日本で実施されています。
群馬大学大学院医学系研究科皮膚科学の石川治教授らの研究によると、アトピー性皮膚炎を発症しているマウスに、マラリアを感染させるとアトピー性皮膚炎の症状が改善したと報告しました。湿疹症状がよくなった皮膚の細胞を調べたところ、自然免疫のナチュラルキラー細胞(NK細胞)が増加していることが確認されました。また、NK細胞が増加しないように薬剤を投与したマウスにマラリアを感染させても、アトピー性皮膚炎の症状に改善は見られなかったというのです。さらには、別のマラリア感染したマウスのNK細胞を、アトピー性皮膚炎のマウスの静脈に移入すると、湿疹が改善したとしています。
http://www.gunma-u.ac.jp/information/4726
マラリアは近年、減少してきてはいますが世界で約2億人が感染し、40~60万人程度が感染によって亡くなっています。(そのうち9割がアフリカであり、最も命の危険があるのが熱帯性マラリアです。)
マラリアは、マラリア原虫を持った蚊(ハマダラカ)がヒトを刺すことで感染します。日本でも戦前まではマラリアがいたようですが、現在では日本国内で感染することはありません。(熱帯地域への旅行で感染する事が多い。抗マラリア薬で治療します。)
ヒトの場合、アトピー性皮膚炎を治療するのに、マラリアに感染させるわけにはもちろんいかないでしょう。しかし将来的には、NK細胞だけを取り出して注射する方法や、NK細胞を増加させる薬での治療法が確立できれば、安全に治療ができるようになる日が来るかもしれません。
共通するのは免疫反応
こういった研究結果から共通して言えることは、免疫反応に何か異常が起きているということです。
免疫系の働きは天秤のように、それを活性化させるものと、抑制させるものの両方のバランスが重要であることがわかっています。マラリアや蟯虫、回虫、鉤虫(こうちゅう)といったヒトに感染する寄生虫は、免疫に対する負荷が高いと言えます。人類の歴史を振り返れば、ついこの間まで高い負荷がかかっていた状態であったことが容易に想像できます。人類は寄生虫との戦いでした。命を脅かす恐ろしい寄生虫のいる環境の中で生活し、各地で感染と闘いながら、そして時に共存しながら進化してきました。こうした進化がヒトの免疫系を変化させてきたという事実があります。それがたったここ100年程度の間に、衛生状態が改善され、都市化が進み、抗生物質が発見され、一気に免疫への負荷が減少してしまいました。
寄生虫や微生物の数が減少し多様性が失われた現代生活では、接触機会が減り、免疫系への教育が非常に難しくなってきているのではないでしょうか。都市化と引き換えに失われてしまった免疫の教育機会を、人為的に作り出すプロセスが必要になってきています。
それなら蟯虫に感染すればアレルギー症状が治るかもしれないと、寄生虫の感染を試みるのはまだ早そうです。感染するタイミングはいつが最適なのか、感染する寄生虫の量は?寄生虫の種類は何がよいのか、副作用による影響はどの程度か、寄生虫をどこで手に入れるのか・・・現時点ではわからないことが多く、臨床的にも安全性は担保できていません。これからの研究成果を待つしかなさそうです。
普段の生活ではあまり潔癖になり過ぎず、子どもには幼い時期から自然に触れる機会を増やすことが免疫の発達には重要です。
近年この分野の研究が盛んに行われていますので、近い将来、安全に弱体化した寄生虫やそのタンパク質を利用して、アレルギー疾患を改善・予防できる方法論が確立される日はそう遠くないかもしれません。
【参考・引用・関連リンク】
『寄生虫なき病』 モイセズ ベラスケス=マノフ(著) 文藝春秋
『失われてゆく、我々の内なる細菌』 マーティン・J・ブレイザー(著) みすず書房
『腸を鍛える―腸内細菌と腸内フローラ』 光岡 知足(著) 祥伝社新書