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子どもの食物アレルギーは、世界的に増加傾向にあります。ショック症状が重ければ命にかかわる問題であり、根本的な治療が望まれます。

卵や小麦、牛乳、エビ、カニ、ソバやピーナッツなど、現在では多くの食品がアレルギーの原因物質であるアレルゲンとして、食品表示義務等も課されています。それだけ食物アレルギーをもった子どもたち、親にとっては、日々の生活で気にしなければならない重要な問題です。

これまでの食物アレルギーに対する対処法は、できるだけアレルギーを引き起こすアレルゲンを避けることでした。これはイギリスやアメリカが2000年頃に、アレルギーのガイドライン発表しており、世界的に共通の認識となっています。しかし近年、その常識が覆る研究成果が出てきています。

アレルゲンを避けることが、逆にアレルギーを引き起こす

例えば、ピーナッツアレルギーをすでにもっている子どもにとって、ピーナッツを含む食品を避けることは当然です。では、ピーナッツをたくさん食べるとピーナッツアレルギーを発症するのかと言えば、そうはならないのです。ではそもそも「食物アレルギーにどのようにしてなるのか?」がよくわからないままでした。

2015年アメリカアレルギー学会で、ロンドン大学のギデオン・ラック(Gideon Lack)教授の研究結果が、これまでの常識を覆すものとして発表されました。それは、アレルギーの原因となる食物を避けるより、少量ずつ食べる方がアレルギー反応は起きないというものです。

ギデオン・ラック教授のこれまでの研究によれば、離乳期からピーナッツバターが使われている「バンバ」というおやつをよく食べるイスラエルの子どもと、ピーナッツを使用した食品は避ける傾向にあるイギリスの子どもを比較したところ、ピーナッツアレルギーをもつ子供の割合は、なんとロンドンの方が10倍も高いという結果が出ました。

アレルゲンを避けているにもかかわらず、なぜアレルギー症状が出るのか、今までの常識からすれば不思議です。真逆の結果と言えます。教授は90年代にアメリカで研究していた頃、すでに気づいていたことがありました。それはマウスの実験で、マウスの皮膚に卵を塗ると、皮膚を通して卵アレルギーを起こすことでした。その後、そのマウスが卵を口にするとアレルギー症状を起こすというのです。

これは何を意味しているのでしょうか。

免疫系の働きは「自己」と「非自己」を区別すること

私達の身体には、免疫という仕組みが備わっています。もしも外部から細菌やウィルスなどが侵入してきても、この免疫の働きにより撃退してくれます。この免疫という言葉は、今では「免疫力をあげよう!」とか「免疫がついた!」と、よく使われるようになり、誰もが知る単語となりました。ただ、この免疫というシステムは今でもわからないことが多く、今後も新発見が続出するかもしれない分野です。

とても複雑で難しい免疫の働きですが、本質はとてもわかり易くシンプルです。それは「自己」と「非自己」を区別することです。自分自身の遺伝子を持つものは攻撃せずに、自分でない遺伝子を持つものを攻撃するということです。

ここからです。
しかし私たちは、自分でない生命を食物として食べないと生きていけません。動物は、栄養素を摂る為に食物を食べなければならないのです。その為、口から入るものに対して、免疫系は寛容になるという特徴があります。これを「経口寛容(免疫寛容)」と言います。

ちなみに漆職人は子供の頃、漆をごく少量ずつ口から飲まされると聞きます。これは免疫の経口寛容という性質をうまく利用した昔ながらの方法なのでしょう。これにより将来、漆に対する免疫反応が抑制され、肌に触れてもかぶれなくなります。

胃腸は「体内」でなく「体外」

私たちは口から食物を食べ、肛門から排泄するまで1本の通り道でつながっています。仮に食べてはいけないものを食べてしまっても、吐き出すか、排便して外へ出すことができます。胃や腸という器官は、実は体内のようでまだ「体外」なのです。これを理解するのに生物学でよく使われるのが、身体は「ちくわ」状であるという例えです。口から肛門へ至る一本の管は、厳密にはまだ外だと言えるのです。

私たちは、食べたものを直接吸収することはできません。胃腸で様々な微生物の力を借りて、食べたものを安全なレベルにまで分解し、やっと「体内」に吸収することができるのです。いきなり食べたものがそのまま体内に侵入すると危険なのです。腸の免疫は体内で最も発達しており、身体に害のある物質に対する識別能力は、非常に高いものになっています。
その為、口から入ってくるもので「これは食物である」と免疫系が認識すれば、アレルギー反応を起こすことはしません。何より、様々な種類の食物を効率よく栄養に変えなければ生きていけないので、このあたりはまさに寛容なのです。(経口免疫療法はこの働きを利用した治療法です。)

一方、皮膚はどうでしょうか。もちろん皮膚も組織が何層にも重なり、簡単に内部へ侵入することはできません。しかし、傷口から細菌が入ったり、蚊やダニや蜂などの虫に刺されたり、吸血虫のように皮膚に穴をあけて侵入してくるものもいます。すぐに免疫が反応し侵入を防がないと、身体は大変なダメージを受けてしまいます。皮膚は生物にとって、侵入しようとする外部からのタンパク質に即座に反応し、免疫反応つまりアレルギー反応を起こして撃退する「防御の最前線」と言えるのです。

食物アレルギーの原因は思わぬところに

話は戻ります。
そこでギデオン・ラック教授が注目したのが「ベビークリーム」でした。スキンクリーム当時多くの母親は良かれと思い、おむつかぶれや汗疹(あせも)、乾燥肌などにベビークリームを使っていました。実はこのベビークリームの中に、ピーナッツオイルを使用しているものがあったのです。このピーナッツオイルを含んだベビーオイルを使用していた子どもたちは、使用していない子どもたちに比べて、7倍もの高い割合でピーナッツアレルギーをもっていることが分かりました。なんと食物アレルギーは、口からではなく皮膚から入るものが原因となることが明らかになったのです。皮肉なことに、このようなベビークリームを頻繁に使用している子どもこそ、皮膚が弱く、最も影響を受けやすい子どもたちでした。

特に生まれて1歳くらいまでが要注意だと考えられます。離乳食が十分に進んでいない段階で、植物タンパク質等を成分に含むクリームやオイルを皮膚に塗ることは、順番が逆だったということになります。まだ食物として口にしたことのないものを、皮膚という防御の最前線で感知してしまった為に、危険な物質かもしれないと、免疫はアレルギー反応を起こしたと考えられるのです。近年、食物として様々なタンパク質にさらされることで、それぞれの食物に対する免疫反応を抑える免疫細胞が作られることもわかってきています。

変わる食物アレルギーに対する認識

2008年ごろからアレルゲン除去食に、食物アレルギーの増加を食い止める効果はなかったとして、イギリスやアメリカでは従来の方針を改めました。見直されたガイドラインでは、特定の食品の摂取を遅らせるような指導はなくなっています。
しかし、日本における一般認識はどうでしょうか。食物アレルギーの原因とされる食品に対して、離乳期に入ってもできるだけ摂取を遅らせようとする傾向があるように感じます。食物アレルギーになってしまうことを気にするあまり、免疫の経口寛容が適切に働く人生の初期のタイミングを、逸してしまっている可能性があるのかもしれません。

ただし注意したいのが、すでにアレルギー反応が出ている場合には、この方法は危険であるということです。そのアレルゲンとなる食物に対する抗体が、すでにできているので、今から食べ始めても当然アレルギー反応は起きてしまいます。この場合、医師のもとで「経口免疫療法」などを試してみるのが良いとされます。
また腸内細菌のバランスを整えることでも、アレルギー体質を改善できる余地があります。さらには、自然豊かな環境や、家畜と生活するような環境に身を置くことで、様々な微生物が体内に取り込まれ、免疫系が刺激されます。その結果、免疫系全体のバランスが変化し、食物アレルギーが改善される可能性もあります。
人間の免疫細胞の学習は、思春期頃までにはその傾向が決定づけられ、年を取れば取るほど柔軟性はなくなってきます。大人になってから改善の余地はないとは言い切れませんが、やはり若いに越したことはなさそうです。

食物アレルギーは乳幼児に最も多く、これは免疫系が発達途中であるためです。食事を含むあらゆる環境要因から受けた刺激に対して、免疫寛容の仕組みが十分に出来上がっていないからだと考えられます。だからある程度は、年齢とともに寛解していくケースが多数を占めます。

しかしそれでも、文部科学省が実施したアレルギー疾患の調査結果(平成25年8月現在)をみると、小学生~高校生約1千万人のうち4.5%となる45万人程度が、食物アレルギーを持っていると報告されています。
「学校給食における食物アレルギー対応に関する調査研究協力者会議資料」

もちろん、食物アレルギーの原因はひとつではなく、アレルギー反応を起こす抗体が作られるプロセスも複雑です。腸も体外ということであれば、いくら食物として食べたとしても、腸のバリア機能が弱い場合に、そこから侵入され、アレルギー反応を起こすとも考えられます。だからこそ、腸のバリア機能、すなわち乳酸菌やビフィズス菌といった善玉菌の定着とバランスが重要になります。

出産から幼少期頃までの、常在菌や他の微生物との関係が、のちのアレルギー疾患に大きく影響を与えているのです。そして免疫寛容という特性から、これまでの食物アレルギーに対する意識を、変えていかなければならいと感じます。

【参考・引用・関連リンク】
『寄生虫なき病』 モイセズ ベラスケス=マノフ(著) 文藝春秋

『失われてゆく、我々の内なる細菌』 マーティン・J・ブレイザー(著) みすず書房

『腸を鍛える―腸内細菌と腸内フローラ』 光岡 知足(著) 祥伝社新書

NHKスペシャル 新アレルギー治療 ~鍵を握る免疫細胞~

Image courtesy of FreeDigitalPhotos.net

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