虐待を受けて、保護される子どもたち

子どもへの虐待。心が締めつけられるようなニュースが毎日のように耳に入り、頻繁に聞く言葉になりましたが、関係者以外には閉鎖的な問題のような気がして、なかなか踏み込めないのも事実です。筆者は国内、国外の児童福祉施設で働いていましたが、様々な事情があれど、近年保護された子のほとんどが、保護者に虐待を受けた子なのです。

大抵の親は「子どもを返せ」と言います。当たり前ですが「保護してくれてありがとう。」とはまず言われません。夜中に怒鳴り込んで暴れる親もいれば、子ども自身も泣きながら「家に帰りたい」と言ったりします。親がどんな人間であろうと子どもにとってはかけがえのない親。なぜ自分が、この相思相愛の親子を引き離しているのだろうと思うときもありました。しかし、中には「帰りたいと言え」と親から言わされている子もいます。また、家族同然の職員が殴られるのを見て「私、帰ります。」という子もいます。

理由はどうあれ親が乗り込んできた場合、子どもは帰りたがるのです。しかし、親が帰った(追い払った後)子どもが「先生!お願い、二度と帰りたくない。ここにいさせて。」と泣きついて来るのも事実なのです。そんな親ほど昼間の面会には、ニッコニコの笑顔でやって来て「家に帰って、今夜はハンバーグ食べよう。そうだ、ずっと欲しがっていたあのおもちゃも買おう。」と話している。そしてこの人間が夜、豹変するのです…。イメージしているのが「お父さん」の人が多いかもしれませんが、お母さんの場合もまったく同じなのです。

近年の虐待増加と緊急性

一般的に「虐待」と聞いてイメージする身体的な虐待も怖いのですが、学校に登校ができていれば学校や地域の人が気づく可能性があります。一方、「ネグレクト」といわれる育児放棄は、気づきにくいという面で非常に恐ろしい虐待といえます。

学校にも行けず、食事をろくに与えられていない子どもに出会った時、彼女はティッシュやトイレットペーパーに塩をふりかけて食べていました。そしてトイレの水を飲んでいました。彼女に会えたことは奇跡に近いのです。他の家族や兄弟は、同じ屋根の下で良質な食事をしていたことでしょう。自分だけが空腹に耐える小さな子どもの姿は、想像するだけで胸が苦しくなります。誰にも気づかれず、ずっと苦しんでいる子どもがたくさんいるのです。

厚生労働省は2019年8月1日、2018年度に全国の児童相談所が対応した児童虐待の相談件数が、前年度比19.5%増の15万9850件と過去最多を更新したと公表しました。明るみに出てきた数字でこれだけの件数、児童相談所で対応が間に合うはずがないという明白な数です。

先述したように、児童相談所や児童養護施設などでは、様々な親子の葛藤が存在します。職員は、親子を引き離しているのが「自分だ」と思うと辛くなる時もありますが、“他人しか”子どもを守ることが出来ない場合もあるのです。夜勤のときは、体も大きいとは言えない職員が1人、もしくは2人で、怒鳴り込んでくるそんな親に対応しなければならないのだから、身の毛がよだつ思いです。彼らは酒に酔っている場合も多く、穏便な話し合いは皆無。しかし、職員が盾にならないと、この恐怖を‘家’という最上級の密室で子どもが体感する事になってしまうのです。私たちなら携帯電話もある。警察に通報できる。大人だから立ち向かえる。絶対渡すな。子どもの命がかかっている。屈したら、この一晩で消えてしまう命が施設にはいくつもあるのです。

アメリカの現場では

米国の施設では、「最悪、親を撃ってもいいから。子供が死ぬよりいい」「他人の子でも子どもは我が子」と指導を受けました。「ちょっと行き過ぎでは…?」と思ったりもしましたが、実際、子どもを取り返しに来る親は、銃を持っているのです。体格も日本人に比べてとても大きく、力で対抗し取り押さえるのは不可能に近いのが現実でした。

アメリカで臨床心理士として、子どもたちの心のケアあたった西澤氏は「いい意味でも悪い意味でも、アメリカという国は、子どもの虐待に関する先進国」と話し、日本は対応を検討する場合に、他国のケースからも反省すべきだと語ります。中でも身体的、精神的に多大なダメージを被る性的虐待に関しては、特に遅れをとっていると言います。日本では、「監護者性交等罪(※)」が改正刑法に加わり施行されてから、まだ2年程しか経っていないのです。性教育ですら遅れをとっている日本。性的虐待に関して、「親が子どもに性的な行為などするはずがない」といった親子関係における神話の存在を指摘し、警鐘を鳴らしています。

(※)平成29年に刑法改正が行われ、強姦罪と呼ばれていた犯罪は強制性交等罪と改名され、範囲の拡大・厳罰化が行われました。その時に新設されたのが「監護者性交等罪」です。強制性交等罪と大きく異なるのは、手段が「暴力・脅迫」でなくても監護者性交等罪は成立し、また「同意があったとしても」罪の成立を妨げません。被害者の告訴を要する親告罪ではなく「非親告罪」なので、被害者からの告訴がなくても成立し、起訴されます。

虐待してしまう親とされた子どもたち

子どもの保護と同時に、親へのアプローチもようやく問題になってきました。第一には子どもの安全を確保することが優先されますが、それが確保できれば、親への支援を迅速に始めなければなりません。自身も思春期に苦悩を経験したという杉山氏は、著者の中で「孤立した親は、もはや家の外に怒りをぶつける先も相談するところも、逃げ出す場所もない。行き詰まったことへの怒りを子どもにぶつけることしかできず、子どもは一身に受けて命を落とす」と述べています。「どうにもならない」「誰にも頼ることもできない」ために、行為がエスカレートしてしまうと指摘し、社会基盤の不備を責めることはあっても、個人のせいにするだけでなく、丹念にこの問題を考察されています。

日本でも海外でも、施設に‘新入り’の子ども(2~3歳)が来る日は、皆どことなく落ち着きません。職員がいなくなると、施設内の中学生や高校生の子ども達が、ぬいぐるみのようにその子を抱きしめているのです。そして、その子の顔のアザや腫れた唇を優しく撫でてあげているのです。涙をボロボロと流して朝がくるまで抱きしめて、その子とずっと一緒に居る子どももいます。私達には分からない絆が、施設の子どもたちの中にはあるのです。その子たちが成長したら「虐待された子は虐待する」と、世間から言われてしまうこともありますが、もともとはみんな心の清んだ無邪気な子どもなのです。

虐待かもしれないと思ったら

世間では、保護された子どもを返した職員が責められ、児童相談所の不手際や対応の悪さが叩かれました。大人も恐怖に屈してしまい、子どもを守れなかったという事実もあったでしょう。たくさんの事案に忙殺される中で、十分に対応できなかったケースもあるでしょう。簡単なことではないことも重々理解していても、それでも忘れないでほしいのは子ども達の命がかかっているということ。

189(いちはやく)と言う言葉を聞いたことがあるでしょうか?「189」とは、児童相談所全国共通ダイヤルの番号で、「虐待かもと思ったら、いち・はや・く189))」がキャッチフレーズです。

虐待を発見した場合、実は「通告義務」が発生します。知らない方もまだまだ多いようですが、児童福祉法や児童虐待防止法で定められているのです。つまり、この法律の趣旨に則れば、大人は必ず通告しなければならないのです。近所から尋常でない叫び声が聞こえてきたとき、「勘違いかもしれない」「確証がない」「もう終わるかもしれない」など、モヤモヤすることがあると思います。「チクる」や「告げ口」といった言葉が、スマホの親指の動きを邪魔するかもしれません。それでもかけてほしい。

もちろん通告者の事は誰にも知らされません。匿名でかまわないのです。通告後、あれはなんだったのか、あの子はどうなったのか…気になりますが、お互いの守秘義務の関係で「虐待でした」「違いました」という連絡は当たり前ですが、知らされることもありません。ただ、この3桁の数字を押すだけで、見て見ぬふりをしなくて済む、子どもの命が助かる場合がある。それだけは覚えておいてほしいのです。

実際に虐待され死に至った児童の周囲では、「普段から泣き声が聞こえていた」「怒鳴り声が響いていた」となんとなく気づいてはいたものの、匿名で児童相談所に連絡できることを知らなかったケースがほとんどでした。幼い子どもたちは携帯電話もない、中には逃げ出せないように足の爪を剥がされていたり、繋がれていたりする事もあります。ここ数年で多くの虐待ニュースを耳にするようになりました。その悲惨な状況を知って驚き、悲しみで胸が締めつけられます。いままで黙殺されてきた虐待が、これから芋づる式に表面化することでしょう。私たち大人が怖がっていてはいけない。地域や学校、保育所、幼稚園・・・他人だからこそ助けられる子どもの命があることを覚えておきたい。

【参考・引用・関連リンク】
西澤哲『子どものトラウマ』(講談社現代新書)

杉山春『児童虐待から考える社会は家族に何を強いてきたか』(朝日新聞出版)

児童虐待問題研究会『全訂 Q&A 児童虐待防止ハンドブック』(2018年3月)

厚生労働省2019年8月1日報道資料
「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第15次報告)、平成30年度の児童相談所での児童虐待相談対応件数及び「通告受理後48時間以内の安全確認ルール」の実施状況の緊急点検の結果」
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000190801_00001.html

夾竹桃ジン『ちいさいひと青葉児童相談所物語』小学館(少年サンデーコミックス)全6巻

片田珠美『子どもを攻撃せずにはいられない親』(PHP新書)

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