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「子は親の鏡」とも言われるように、子供は親から最も多くの影響を受けて育ちます。親自身、自分の親から多大な影響を受けて育っていることでしょう。

こうした世代を超えて受け継がれる影響を「世代間連鎖」といいます。

代々、良い面ばかりが受け継がれていければ良いのですが、子が育つのに適切でない「環境」や、それによって発症する生活習慣病などの「健康面」、また充分な食事や求めるレベルの教育が受けられない「金銭面」の問題などといった《負の連鎖》が、最近、社会問題として取り上げられています。

親自身が自覚して気をつけていても、連鎖を食い止めることが難しいケースは少なくありません。この”負の世代間連鎖”は、避けられないものなのでしょうか?

この記事では、さまざまな文献や研究資料を紐解きながら解説していきます。

自分が育てられたように子育てしてしまう!?《世代間連鎖》とは


世代間連鎖とは、価値観や生活習慣、子育て、教育など、考え方や人生観について親から子へと連鎖していく状態のことを指します。

例えば、幼少期に父とキャッチボールをした体験がある人は、自然と自分の子供をキャッチボールに誘うでしょう。一方、そうでない人にとって、キャッチボールが当たり前に遊びの選択肢に入るわけではありません。自分が受けてきた教育や経験が、自然と受け継がれていくのです。

このような”楽しい思い出”に基づく小さな出来事も「世代間連鎖」として捉えられていますが、最近ではネガティブな単語として広く浸透し、「負の世代間連鎖」とも表現されています。
この「負の世代間連鎖」という言葉は、親から受けた子育てや教育の影響によって、大人になっても「生きづらい」と感じる方が増加していることから広く浸透し始めました。

「負の世代間連鎖」を脱しようと思っても、それは、自分ひとりで解決できる問題ではありません。自身の親も子供時代に祖父母から影響を受けているため、何世代も親子の間で連鎖してきた習慣だからです。

子供の頃、親から叱られる際に叩かれて育った子供は、自分が親になった時にも子供に手を上げやすくなります。
良いことではないと頭ではわかっていても、つい手が出てしまう……。習慣や考え方として深く心理的に浸透し、世代を超えて受け継がれてしまうのが「世代間連鎖」なのです。

「諦め癖がすごい!」「愚痴っぽい……」子供の”短所”は親のせい?


世代を超えて受け継がれてきた習慣が子供に影響しやすいことは明らかですが、これと同様に、親の”性格”についても連鎖してしまうものなのでしょうか。

例えば、親がご近所の方に挨拶をしない場合、子供も同じように挨拶はしないで過ごすしょう。しかし、親が毎朝挨拶していると、一緒にいる子供も自然と挨拶をするようになります。このように、親がやっていることを子供は見ているので、子供の長所や短所は親からの影響も少なからずあるといえるでしょう。

そのため、いつも愚痴をこぼしている両親の元に育った子供は愚痴っぽくなったり、子供から頼まれた事を適当・中途半端で終わらせたりすると、子供も「途中で放棄しても良いんだ」と諦め癖がついてしまうことになりかねないのです。

注目したいのが、成長過程にある子供の場合「性格が行動に出る」より「行動が性格の形成に影響する」という点です。
元が面倒臭がりだったり攻撃的な性格だから愚痴っぽくなっているわけでなく、愚痴をこぼしがちな親の生活態度を常に見て、それが自然と移ってしまうことによって、面倒臭がり・または攻撃的な性格になるということが考えられます。

子供の「短所」と思える部分を直したいと考える場合には、まずは手本となるよう、親自身が自分を見直してみることが大切です。

3つの「負の世代間連載」における研究《健康》《貧困》《虐待》

多くの研究者が行っている世代間連鎖の多くは「負」の部分がクローズアップされています。
実際、遺伝でないにも関わらず健康不良が続くことや、子をつい叩いてしまうクセに悩む親は多く、また世代間で続く経済状況に不満を持つ人も少なくありません。

もしかすると、この記事の読者のみなさまも、何かしらの「世代間連鎖」にお悩みでしょうか?

この「負の世代間連鎖」を断ち切るための取り組みや研究は、主に「健康」「貧困」「虐待」の項目が多くなっています。実際のデータでも、この3つの要素については、世代間において連鎖しやすい項目だからです。

ここからは、この3つの項目ごとに詳しくみていきましょう。

《健康》生活習慣病・虫歯etc……子の健康は”代々のライフスタイル”によって左右される!?


ライフコース疫学(健康や疾病リスクへの長期的な影響)の知見では、幼少期の環境が将来の健康を左右すると提言されています。例えば、生活習慣病に罹患するのは運動不足や食生活の乱れだけが原因なのではなく、生まれてから、もしかすると胎児期からの環境が影響していると最近は考えられているのです。

また、大人になってからの口腔の健康が幼少期の影響を受けることは、すでに明らかとなっています。乳歯で虫歯になった本数が高い人は永久歯でも虫歯になる割合が高く、80歳以上の高齢者の歯の保有状況にさえ、子供の頃の環境が影響されることが証明されているのです。

とはいえ、子供が「ずっと健康でいたい」と思っているとしても、自らその環境をつくることは難しいものです。健康な毎日を過ごせる環境は、保護者が整えてあげなくてはなりません。

学校や幼稚園・保育園などで虫歯を防ぐための間食指導を行ったとしても、食事や間食の環境は親(保護者)によってもたらされるものです。
結局は保護者が決めた時間に、保護者が入手しやすい食品を子供へ与えることになるため、たとえ健康に良いとわかっている食材であっても、入手が困難なものや高額なものは保護者の考え方次第で選択肢から外れるでしょう。

買い物や食事など、健康の基本となる多くの生活習慣は、主に母親(もしくは片方の親)に主導権がある場合が多くあります。もちろん、各家庭ごとのライフスタイルは異なりますが、健康に関する世代間連鎖は、母親から子供へ強く影響されることが多いということがいえるのです。

そのほか、”部屋が片付けられない”という面も、世代間で連鎖していく事柄のひとつです。散らかった家で育った人は、部屋が散らかっていてもあまり気にすることがなかったり、キレイにしたくても、整理整頓の方法がわからない大人になってしまいます。
それは後々、埃や有害なチリなどの多い環境で子供を育てることにつながり、結果、家族の健康を害することへと連鎖していくのです。

《貧困》「氏か育ちか?」ーー遺伝子要素と生活環境、どちらが起因しているのか


貧困家庭に生まれた人は、貧困ゆえに十分な教育を得ることができず、そのため良い仕事に就けないことから所得も低いーーという、「貧困の世代間連鎖」はよく耳にするのではないでしょうか。
「自分自身の今の生活がカツカツなのは、元をたどれば自分の育った環境が悪かったからだ!」と感じている大人も少なくないでしょう。

そんな”育ち方”と”所得”の因果関係は、心理学や社会学、経済学、社会疫学などさまざまな分野にまたがって長年広く研究されているテーマです。

遺伝?環境?学歴と収入のデータ

日本では、貧困になる原因について「本人の意思の欠如や怠惰にある」と考える人の割合が依然として多いのが現状です。しかし最近では、親子間に伝わる遺伝的要素と、親の与える生活状況の両方が子供の生育環境に影響する要因が高いと考えられています。

遺伝的要素について、双子(双生児)による研究によれば、子供の能力(特に「IQ」といった学力)に繋がる部分は生まれながらに備わっているとされています。

一方、親の生活状態が強く影響する幼児期の環境は子供の成長に大きな影響を与え、そしてほぼ生涯に渡ってその影響が続くという研究結果も数多くあるのです。

「再生産理論」で有名なフランスの社会学者 Bourdieu(ブルデュー)氏は、「文化資本」という概念を用いています。本を読んだり芸術を鑑賞するといった、日々の文化的な関心や習慣となる「家族の文化的水準」も子供の学力格差・教育格差につながるとし、これが格差や貧困の連鎖をもたらすと論じているのです。

教育社会学の分野ではどうでしょうか。アメリカの社会学者Lareau(ラロー)氏が、親と学校の関わり方や親の子育て方法と子供の生活分析を行ったところ、親の階級によって子育て方法が異なることを確認しています。

このように、貧困は世代間連鎖することが、日本のみならず世界中で論じられているのです。

実際に、学歴の低さが収入と相関し、その学歴の低さは保護者(家庭)の貧困度合いが影響しているということがデータで明らかとなっています。
平成30年度の賃金構造基本統計調査の資料で、平均年齢での月収賃金を比べてみると、男性の場合、大学・大学院卒の平均月収が40.05万円(平均年齢42.4歳、勤続年数13.3年)であるのに対し、

  • 高専・短大卒は31.38万円(平均年齢41.3歳 勤続年数12.8年)
  • 高卒は29.16万円(平均年齢44.8歳、14.3年)
  • となっています。

    女性は、大学・大学院卒の平均月収が29.01万円(平均年齢35.8歳、勤続年数7.7年)であるのに対し、

  • 高専・短大卒は25.82万円(平均年齢41.6歳 勤続年数10.3年)
  • 高卒は21.29万円(平均年齢44.8歳、10.6年)
  • です。
    このように男女共に大学・大学院卒は収入が高く、格差があることがわかりました。

    とはいえ、勉強は本人の努力次第であり、親がたとえ中卒であったとしても優秀な大学に進学することは可能ではないか、という考える方も多いのではないでしょうか。しかし、親の収入が子の学歴に少なからず影響するという調査結果があります。

    北海道大学の平沢教授による調査「世帯所得と子どもの学歴」では、家庭の豊かさによる学歴差が明らかになっています。
    両親の学歴や父親の職業、兄弟数を統制したとしても、子供が15歳の時点で「貧しい」「やや貧しい」家庭出身者は、「やや豊か」「豊か」な子供と比べて学歴が有意に低い結果が得られたのです。

    同様に、子供(20~28歳の時点)の進学率を調べたところ、世帯所得が「313万円以下」の家庭出身者の学歴は、「700万~900万円」「938万円以上」より有意に低い結果となりました。
    ちなみに、15歳の暮らし向きで「貧しい」「やや貧しい」を選択した者は、世帯所得が200万円以下の家庭出身者が多く見られています。

    このように家庭の貧困の差は、子供の進学先・学歴にも影響すること、そして追々は、さらにその下の世代にまで少なからぬ影響を及ぼすことがわかりました。

    貧困の連鎖は努力次第で断ち切れる!?国の救済措置をフル活用して

    親の学歴が低く経済的にも恵まれない(が、学力は高い)子供の進学率を上げる方法について、国を挙げてさまざまな対策がとられています。これをうまく利用できるよう、親自身もしっかりと情報収集をしておく必要があるでしょう。

    例えば、2020年4月から高等教育の無償化がスタートし、「給付型奨学金」や「授業料等免減」などが始まっています。
    従来は、大学、短大、専門学校、高等専門学校(4年生)に進学する生徒が「生活保護世帯」「住民税非課税世帯」「社会的養護を必要とする人(18歳時点で児童養護施設等に入所などしている生徒等)」のいずれかに該当する場合に申し込むことが出来ましたが、住民税非課税世帯およびそれに準じる世帯の生徒も対象となります。例えば、4人世帯の場合、年収378万円以下が対象です。

    給付額は、住民税非課税世帯の場合は年額約35万円~約91万円、住民税非課税世帯に準じる世帯では、この金額の1/3もしくは2/3が支給されます。対象者も広がり、金額も大幅に増え、人数の上限となる推薦枠もなくなっています。

    このような制度については子供自らが情報を得られないことも多いため、親自身が”貧困の連鎖”を断ち切るために行動することがキーになるのです。

    ブルデューが論じた「家族の文化的水準」に関する事例についても、お金をかけずにある程度カバーすることは可能です。自治体などで、無料・もしくは低価格で参加可能な催しや教室が、頻繁に開催されています。

    子供のために親自身が動いて、使える制度をフル活用する意識は重要です。同時に、子供の意識も”学び”に向くよう教育していく必要があるでしょう。

    《虐待》自分では断ち切るのが難しいとされる”虐待の連鎖”ーー救済はあるのか?


    「子供を虐待する親自身、かつては被虐待児だった」というフレーズはよく耳にする言葉です。必ずしも被虐待児すべてが将来虐待するわけではありませんが、その傾向があるということは明らかになっています。

    アメリカ・ミネソタ大学の発達心理学を専門とするDante Cicchetti(ダンテ・チチェッティ)博士の研究で、1才児に対し不適切な養育(身体的・心理的虐待、情緒的・身体的ネネグレクト、性的虐待)が認められる母親137名=《不適切養育軍》と、そうでない《統制群》の母親52名に行った調査を見てみましょう。

    ここでは、不適切養育群の母親は統制群の母親と比べ、子供時代に自分自身も実親から不適切な養育を経験が有意に多いという結果が得られています。
    特に子供時代に、実母に対し「拒否されて放置されていた」「脅威的だった」というイメージを強く持ち、実母との現在の関係についても「怒り」を強く抱いているパターンが多かったそうです。

    これには、親自身が子供時代に得てしまった「無力」「怯え」「敵意」「脅し」といった「家庭に関する内的表象(心の中に存在するイメージ)」の質が反映されます。暴力的な経験となる虐待などの愛着外傷を抱えた母親自身の内的表象が、子供の心理世界にも連鎖的に伝達されていってしまっているのです。

    一方、親からの直接的な虐待でない場合でも、虐待時と同様の心理発達上のリスクを負うパターンもあります。親自身が過去に虐待された経験を持ち、その愛着外傷を生傷のまま抱え続けながら親になるケースです。
    それは自分の子供の育て方にも影響し、子供に対して「怯える」「脅す」というような行動が突然出現したり、その突然さと不可解さで親子間の関係が不全となってしまうことがあります。このように、直接的な「叩く・殴る・蹴る」といった暴力的虐待がなくても、心理的虐待(または精神的虐待)として現れてしまうことがあるのです。

    しかし”不適切な養育”がされたとしても、虐待と被虐待の連鎖が断ち切られ、良好な養育へとシフトしていくケースも数多く存在します。

    虐待の連鎖を断ち切れたケースの共通点としてさまざまな研究によって挙げられているのが、恋人やパートナーから継続的なサポートを十分に得ている場合には、母親の被虐待経験が子供との関係に与える影響は低減・緩和されるという点です。
    良いサポートを得ている場合、シビアな身体的虐待を経験したことのある母親であっても、乳児との関係に問題やストレスを感じることが少ないのです。

    一方、あまりサポートを受けることができていない場合には、乳児との関係に多くの問題を抱えて高ストレス状態におかれ、虐待に移行してしまうリスクが高いことが見いだされました。

    これらのことより、妊娠期からのサポートは、虐待の世代間連鎖を抑制するのに高く機能することが示唆されます。反対に、虐待の世代間連鎖をより一層促進する要因として、貧困や差別等により社会的サポートが得られない、ハイリスク家庭が地域からの排除にさらされてしまうことなどといった、社会経済的要因が強く関与されるのです。

    現在、医療者やソーシャルワーカーなどによる家庭訪問を通した介入と援助は、児童虐待の予防対策として期待されています。コロラド大学のOlds(オールドス)教授らによる研究によると、乳児期から幼児期までの長期に渡り保健師による予防的介入をした結果、虐待やネグレクトなど不適切な養育の件数が、介入前の時期と比べて減少されたことを報告しています。

    まとめ

    親がどんなに一人で(または夫婦で)頑張っても、負の世代間連鎖を断ち切ることは容易ではありません。

    受けられるサポートは最大限に活用しながら、内にこもらないようにするのは良いことです。周囲の新鮮な空気や良い影響を取り込みながら、できる限り環境を改善できるよう前向きに、地道に前進していこうという気持ちが大切です。

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    【参考文献】
    平成30年賃金構造基本統計調査 https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2018/dl/03.pdf

    平沢和司(北海道大学)世帯所得と子どもの学歴―前向き分析と後向き分析の比較―

    クリックして05_01.pdfにアクセス


    Cicchetti, D., Rogosch, F, A., & Toth,S, T.(2006) “Fostering secure attachment in infants in maltreating families through preventive interventions.” Development and Psychopathology, vol .18,623-649.
    Olds, D.L., Eckenrode, J., Henderson, C.R., Kitzman, H., Powers, J., Cole, R., et al. 1997 “Long-term effects of home visitation on maternal life course and child abuse and neglect.” Journal of the American Medical Association, vol. 278, 637-643.

    森田 一三(2017) 学校保健における世代間連鎖戦略, 東海学校保健研究, 41巻1号P1-4

    久保田 まり(2010) 児童虐待における世代間連鎖の問題と援助的介入の方略: 発達臨床心理学的視点から, 季刊・社会保障研究 Vol. 45 No. 4, P373-384

    【関連リンク】
    ■「くもりガラスの人間関係―子へ、親へ、そして自分へ、虐待の世代間連鎖」 金子善彦(著) 中央法規出版

    ■「後悔しない子育て 世代間連鎖を防ぐために必要なこと」信田 さよ子(著) 講談社

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