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勉強ができる子と運動ができる子・・・
これまで勉強ができる子は運動音痴で、運動が得意な子はテストの点があまり良くない、というイメージがよく使われてきました。ひと昔前のアニメなんかでよく描かれていましたね。
しかしこれは大きな誤りであると言えそうです。運動ができるのに勉強ができなかった子は、ただ単純に勉強そのものに興味が湧かなかった為に、勉強時間が少なかっただけかもしれません。
運動と脳機能の関係を知れば、これまでなんとなく抱いていたイメージが覆ります。
運動機能を司る脳の領域と、記憶や思考能力に関係する脳の領域は、同じ領域を使っており、常に互いに強く影響しながら発達することがわかってきています。
数学的思考と「指」の関係
例えば、指を動かす脳の領域と、数字や計算といった数学にかかわる領域が同じだということをご存知でしょうか。
会話したり歩いたりは普通にできるのに、電話番号や簡単な計算など、数字が関係すると急にわからなくなるといった症状があると要注意です。これは数学にかかわる脳の領域に、脳梗塞などの症状が出ている兆候かもしれないからです。このとき指の動きも悪くなっていると、いよいよ笑い事では済まされない可能性もありますので、病院で一度検査してもらった方がいいでしょう。
指を動かす脳の領域と、数学に関する脳の領域が同じなら、指を使って数を数えるのはとても理にかなっていることになります。初めて1桁の足し算や引き算を学ぶ際は、まずは指を使って理解する方が、後々の複雑な計算の理解力も上がるかもしれません。
そう言われて思い出すのが「そろばん」です。まさに指を使って計算します。頭の中で玉の動きをイメージしながら指を動かし、何桁もある難しい掛け算を暗算で解く子どもの映像を見たことがあると思います。そろばんによって、この数学的思考を司る脳の領域が鍛えられ、複雑な計算も瞬時に答えを導くことができるのでしょう。
語学習得に必須の条件とは
言葉を覚えるのも例外ではありません。
英語が話せるようになりたいと、英語の勉強に取り組んでもなかなか身につかいない。聞き流すだけの英語教材を買ったり、英会話教室に通ったり、様々やってみたけど結局ダメだったという人はたくさんいるのではないでしょうか。
これからの国際化社会では英語が必須だと言われて久しく、何十年も前から皆、何らかの英語学習に取り組んできたはずです。今頃日本人の多くが英語くらい当たり前のように話せていて、英語教材や英会話教室の需要は減るはずなのに、現状まだそんな世の中には残念ながらなっていません。
私達人間は、知識を身につけるとき、ただ単に文字を見て覚えたり、音を聞いて覚えているわけではありません。身体を動かし、観察し、感触を確かめたり、感情を感じ、と様々な要素を伴ってそれが記憶として刻まれ、知識となっていきます。
赤ちゃんが言葉を覚えるときも、実はものすごく複雑なプロセスを統合し、その言葉の意味を理解しようとしています。そして、もしその言葉が間違っていれば、相手の反応から修正し、また相手の反応を注意深く観察します。こういったことを日々何回も何回も繰り返しているのです。
例えば「バナナ」という言葉。それが食べ物であること、色や感触、匂い、味などの情報はもちろん、お母さんはバナナと言うときどんな表情をしているのか、ボールは投げていいけどバナナは投げてはいけないとか、皮の部分は苦くて食べられないとか、いくつもの情報をバナナと紐付けています。
「電話」という言葉はどうでしょう。電話という言葉を幼い子どもが発していても、電話という概念をどこまで理解しているかは分かりません。子どもは遊びの中で、四角いものを電話に見立てて遊びます。しかし、初めて携帯電話を耳に当てて、そこにいないはずのパパの声が聞こえてきたら非常に驚いた表情をします。この体験でまた一つ「電話」という概念が修正され、より正しい「電話」という言葉を理解していくことになります。
私達が英語学習でつまづくのは、まさにこういった周辺情報、体験、感覚といった情報が少なすぎるのが原因です。会話している場所やシチュエーション、相手の表情や目線、感情、口や舌の動き、ジェスチャーはもちろん、その相手が自分を好意的に見ているのか、あまり好意的でないのか、優しいのか冷たいのか、男性なのか女性なのか・・・そういったあらゆる情報を伴って覚えるのが語学習得の近道となります。
文章の中に、例えば「throw=投げる」という言葉が出てきたら、実際に投げる仕草をしながら覚えれば、より記憶に定着します。実際に体を使って表現することで、脳はより刺激され、記憶に定着しやすくなるのです。
多くの言語学者が指摘するには、外国語を身につけるのに苦労する人は、発音するときの口の動きを真似しないからだといいます。そうすると日本の公教育で受ける英語の授業は、言語学的にはあまり適した手段だとは言えません。
語学習得のカギは、脳の運動野も同時に活動させて覚えることです。逆に言えば、脳の運動野を使えば外国語の習得はそれほど難しくないということです。生身の相手を前にコミュニケーションを取ることは、口や舌の動き、表情、仕草などを真似て運動野を働かせることができるので最適です。それが難しければ、動きのある「動画」で学習することも効果的だと言えそうです。ただテキストの文字だけを見て覚えようとするのは、やめたほうがいいでしょう。
面白いのが、体を使って学んだ場合、テストの問題を解くときに、脳の運動野の領域も一緒に活性化することです。ただ文字だけを見て暗記しただけの場合に比べると、脳の領域を広く使う為、思い出しやすくもなるのです。
身体感覚とコミュニケーション
「ミラーニューロン」という言葉をご存じの方も多いでしょう。私達人間の脳に存在すると言われる神経細胞で、別名「共感細胞」とも呼ばれます。
相手の表情や仕草を反射的に真似たり、相手の行動や感情を頭の中でリプレイし、その状況を理解しようと脳は反応します。この時に、ミラーニューロンが活発に活動すると言われています。
脳の運動を司る神経が働くことで、相手の行動を理解し、その行動の意味を理解できます。逆に言うと、脳の運動を司る部分に障害があると、相手の気持ちが理解できなくなることを意味します。
仲のいい夫婦は顔が似てくるとよく言われます。確かになんとなく雰囲気も似てくるし、第三者から見れば、顔までそっくりに見えます。ある研究によると、カップルの写真を見せただけで、その二人が夫婦かどうか、ほとんどの人が当てられると言います。さらには、その二人の顔が似ていれば似ているほど、より幸せな結婚生活を送っているらしい。
顔の表情筋などの筋肉の使い方が似てくるためだと考えられますが、相手の顔を真似ると、自然と共感でき、相手の気持ちもよく理解できます。これもミラーニューロンの働きなのでしょう。
ネガティブな面でも同じことが言えます。いつもしかめっ面の人や、落ち込んだ表情の人を見ていると、こちらまでその感情が伝染してくる気がします。おそらくそんな時、自分の顔もその人と同じような表情になっているはずです。
幼い子供は、多くの時間を母親と過ごします。母親が落ち込んで暗い表情ばかりしていたら、当然子どもも同じような感情を抱くことになると、考えておいたほうが良いでしょう。
話は逸れますが、顔の表情筋の動きが感情を引き起こすということ、すなわち筋肉の動きが脳へフィードバックされる仕組みが私たちには備わっています。このことが感情やコミュニケーション能力の発達、脳の成長と大きく関わっています。
赤ちゃんがよくしている「おしゃぶり」は、おとなしくさせるために便利なアイテムではありますが、言葉を発しづらいとともに、顔の表情を作る筋肉も動かしにくくなります。このことがどれほど成長に影響があるか断定はできませんが、長期間のおしゃぶりは避けたほうが良いとする研究者もいます。
実際の「あたたかさ」が行動に影響
外部の環境から受ける影響として、体感温度があります。
日本語では、やさしい人を「あたたかい」人と表現したり、逆にそっけない人を「冷たい」人と表現したりします。こういった表現は、英語など他の言語でも共通しています。
これは、実際の体感温度を感じる時と、人間関係で感じる温かさや冷たさを感じる時に、脳の同じ場所が活性化することに起因しています。
ペアを組んでポーカーの賭けをさせる実験があります。その時に「カイロ」を持たせる場合と「保冷剤」を持たせてゲームをさせた場合、面白いことに「カイロ」を持たせたグループの方が、相手を信用し多くの金額を賭けたのです。反対に「保冷剤」では、相手を信用せず掛け金を少なくしたといいます。
そんな単純なことでと驚いてしまいますが、それぐらい皮膚で感じる体感温度と、人に対する「あたたかさ」はリンクしているということです。
よく言われるスキンシップは、このような面からも大切で、皮膚を通して相手の体温を感じることで親密感が増します。子どもを励ましたり、慰めるときは身体に触れてあげる方がより気持ちが伝わります。皮膚の接触には、精神を落ち着かせ、安心感を与える効果があるのです。
またまた脱線しますが、そうするとあまり遠距離恋愛はおすすめできません。
脳は相手との物理的な距離を理解しています。いくらSNSでつながっていたり、毎日電話していても、実際に「身体が離れている」ことが心理的な距離を遠ざけてしまうことになりかねません。相手のぬくもりを感じることが出来ないと、寂しさが「冷たさ」を感じさせ、相手への信頼が揺らいでしまいます。関係を深めたいなら、できるだけ実際に会って体温を感じるようにしよう!
普段、仕事などで同じテーブルに向かって議論しているときは、相手の意見も尊重するし、気遣いもできます。逆に相手もよほどのことがない限り、自分に対してそんなに強い態度では接してこないものです。しかし、ネットの書き込みなどに象徴されるように、相手がそこにいないとなると、普通の人でも過激な誹謗中傷を書き込んでしまいます。こういったことも物理的な距離感と心理的な距離感の関係から考えると納得できます。そこにいない人(距離が遠い人)に対しては、冷たい態度を簡単に取れてしまうということです。
さらに興味深い話をひとつ。
体が実際に汚れた時と、モラルに反する行いをしてしまった時には、同じ脳の領域が反応しているらしい。嘘をついたり、相手を騙したりした後に、口をゆすぎたくなったり、何か悪いことをしてしまった後、手をやたらと洗いたくなるなど。
「きれいさっぱり洗い流す」という言葉もあるくらいです。実際の体の汚れと精神的な汚れはつながっています。嫌な気分や後ろめたい気分の時に、シャワーを浴びるとなんとなくスッキリするのはこのためです。もし帰宅した夫が、普段より念入りに顔や体を洗っていたら・・・要注意!!かもしれません。
動かないと「動詞」がわからない!?
映画やドラマを見ているとき、ふと思うことはないでしょうか?
「こんなに長いセリフよく覚えられるなぁ・・・」
俳優は台本を覚えるとき、姿勢や視線、仕草や動作、感情といったものを、演技と関連付けて覚えるから言葉が自然と出てくるのです。演技が終わって、何もない部屋でセリフだけを言ってくれと言われても、全然出てこないといいます。
実は、そもそも人の記憶とは、このようにあらゆる情報とセットで成り立っているということなのです。
言語とジェスチャーの研究で著名なシカゴ大学のデイヴィッド・マクニール(David McNeill)教授は数々の研究の中で、ジェスチャーが思考を深め、理解を助けることを実証しました。思い出すことができない言葉や答えも、手や指の動きといったジェスシャーが導き出すきっかけとなり、記憶を呼び戻してくれているのです。
またまた話は逸れますが、足(脚)フェチの男性や、靴コレクターの女性など、足に強い関心を持つ人がいます。身体の各部から入力される情報(感覚)が、脳でどれくらいの領域に、どの程度の強さで反応するのかを表した図があります。これは「体性感覚図(Somatotopic map)」と言われるもので、感覚の強い「唇」や「指」が大きく描かれます。
この図を見ると「足・脚」と「性器」が非常に近いところに描かれているのが分かります。足に強い関心を持つ人が少なからずいることは、実は性的興奮を感じる領域と、足の領域が脳の近いところにあるためではないかと推測されています。
私達の脳と体が、常に相互につながりながら物事を理解していることがよく分かる例があります。
普通、手足を動かすと脳の運動野の手足に関係する部分が活発に活動します。これは当然です。しかし面白いことに、例えば「蹴る」という動詞を聞くだけでも、足を動かしていないにも関わらず、同じように脳の運動野が活動するのです。イギリスの脳神経学者、フリードマン・パルヴァミューラーの研究によると、動詞を聞いたときの脳の反応スピードは0.2~0.3秒と、瞬時に反応するといいます。
重要な指摘として、運動機能に関する神経に障害があると、動詞がわからなくなってしまうことです。私たちは、自分の体の動きと、それを表す言語である動詞を一対で理解していたのです。いかに体を動かすことが、言語のみならず物事の理解を助けることになるか、よくわかります。
脳への最高の栄養は「運動」だった
イリノイ大学のチャールズ・ヒルマン教授の研究によれば、運動は子どもの心と脳の成長を促し、機能を高めてくれるといいます。
実験では、軽いエクササイズをした子どもたちの方が、記憶力や理解力を計測する知能テストで良い成績を収めました。特に記憶に関するテストではそれが顕著に見られ、脳の「海馬」の発達と関係していることがわかりました。海馬は、記憶に関する重要な脳の器官です。またテスト前に軽いジョギングをした子どもたちと、椅子に座ったままの子どもたちでは、集中力に関係する脳の頭頂部や前頭部の神経が、活発に活動していることもわかりました。
この実験では、何も激しい運動を何度もさせたわけではありません。軽い運動を学習前に取り入れるだけで良いのです。単純な体操でも効果があるといいます。
日常的に体を動かす習慣があれば、勝手に学習効果もあがり、集中力もつくということです。習い事をするなら、一つくらい運動系の習い事を入れたほうが良いでしょう。
朗報は、子どもだけでなく成人した大人でも同じく効果があることです。シニアになればさらに、脳の認知機能に大きな差が出ることもわかっています。
何かを学習する際には、脳の神経細胞であるニューロン同士の結びつきが重要なことは、よく知られるようになりました。脳の神経に送られた信号は、ニューロンの先端にあるシナプスというところから、神経伝達物質を放出し、次のニューロンに情報を伝達します。
ニューロン間で繰り返しこの作業が行われると、この神経細胞はより強く発達します。難しい英語の単語を1回では覚えられませんが、繰り返し学習すると覚えられるようになるのは、その神経回路が強化されて定着するからです。だからテスト勉強でも、1回で全てを完璧に覚えようとするより、繰り返し何度も学習したほうが、圧倒的に記憶に定着するのです。
ニューロンは枝葉を伸ばすように、どんどん広がってニューロン同士の結合を強めていきます。ニューロンが新しい枝葉を伸ばしていく時に、非常に重要になるのが「因子」と呼ばれるタンパク質群で、その中でも「脳由来神経栄養因子(BDNF)」といわれるものが大きく関わっていることが分かっています。
ニューロンの発達や維持に、BDNFが肥料の役割をしていることが突き止められ、当時研究者の間でこのテーマがブームになっていたといいます。運動が身体にいいこと、高齢者の認知機能を回復させることは、なんとなく昔から知られていましたが、運動とBDNFについての研究は前例がありませんでした。そんな中で、運動とBDNFの関係を突き止めたのが、カリフォルニア大学アーバイン校の脳老化・認知症研究所の所長カール・コットマン教授です。
教授は、運動させないマウスと、運動を2日、4日、7日させるそれぞれのグループに分けて実験した結果、最もよく運動したマウスのグループで大きくBDNFが増加していることを発見しました。さらに驚くことに、記憶に関係する脳の「海馬」でBDNFの顕著な増加が見られたのです。このことは、運動そのものが脳の機能を高め、学習効果をアップさせることを裏付ける証拠となりました。
脳内でBDNFが増えると、確かにニューロンが発達することがわかりました。しかし、これだけで賢くなるわけではなく、ニューロンに刺激を与えないと、縮小していってしまいます。つまり、せっかく広げたニューロンのネットワークを、使わなければ意味がないということです。
↓
◆学習して、ニューロンを刺激
↓
◆記憶の定着(ニューロンの経路が強化される)
〈繰り返し〉
上記のサイクルを続けていくことが重要なのです。
今からでも全然遅くない!
体と脳や感情は、絶対に切り離すことができません。今よりもっと賢くなりたいと思えば、同時に体の使い方、体からの反応を強く意識しなければいけません。もっと親子の関係、その他の人間関係を良くしたいと思うなら、体の感覚を大切にしなければならないことがわかりました。
狩猟採集の時代から、私たちは体を動かしながら脳を発達させてきました。便利な世の中で、体を動かす機会が減ってしまっている今だからこそ、もっと体を動かしてもっと賢くなろう!
子どもに、体を動かす習慣を身につけさせてあげよう。体を動かすこが楽しいと感じるようにしてあげよう。何も一流スポーツ選手を目指さなくてもいい。子どもが幼いうちから親子でスポーツを楽しんだり、体をを動かす遊びをたくさんしてあげよう。この習慣が脳を発達させ、あらゆる学習効果が高まり、未来の可能性を開くことにきっとつながります。
最近「集中力がなくなったなぁ」「物忘れがひどくなったなぁ」と感じているのなら、それは単純に、運動量が足りていないだけかもしれません。自戒の念もこめて、親子で日常の中に運動する機会を増やさなければと思います。体と共に、脳や心も元気になるのですから。
【参考・引用・関連リンク】
『「首から下」で考えなさい』 シアン・バイロック(著) サンマーク出版
『脳を鍛えるには運動しかない! 最新科学でわかった脳細胞の増やし方』
ジョン J. レイティ(著), エリック ヘイガーマン(著) NHK出版
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