注)個人差があることを前提にお読みください。
現在日本では、夫婦の6組に1組が何らかの不妊治療を経験していると言われています。
2010年、日本の体外受精実施数は24万2160件に及びます。これはアメリカを抜いて世界最多。これだけ妊娠を切に望んでいるにも関わらず、子宝に恵まれないという現状に、いったいどんな障壁があるのでしょうか?
今回は、生物としての生殖機能について考えてみたいと思います。
卵子が老化しているという事実
卵子老化については、2012年にNHKで放送された『NHKスペシャル 産みたいのに 産めない~卵子老化の衝撃』によって多くの人が知るところとなりました。そもそもこの卵子の老化とは、どのような現象をいうのでしょうか。
出生時に、女の子は100~200万個ともいわれる原始卵胞を持って生まれますが、この細胞はまだ発達途中で、その多くが自滅してしまいます。おおよそ初潮を迎える頃には20~30万個程度まで減少します。
この20~30万個の内、月に1000個程度の原始卵胞が育ち始めますが、ほとんどが消えてしまい、残ったわずかな卵胞が1次卵胞、2次卵胞と成熟のプロセスを経て成長します。最終的な3次卵胞に進むのはたった1個で、その卵胞から選りすぐりの卵子だけが排卵されます。
このプロセスを毎月繰り返して、完全に成熟する卵子は、生涯に約450個と言われています。
450ヶ月と考えると37年と半年。実際の妊娠可能な時期はもっと限られてきますので、20年弱と考えると、およそ半分の200個程度しか成熟した卵子を活用することができないことになります。こう考えると、意外と妊娠できるチャンスは限られていることが分かります。
卵子の生命力
卵子が老化するというのは、卵子の生命力が落ちてくることを意味しています。
米ニューヨーク医科大学産婦人科部門のKutluk Oktay博士らの研究結果によると、不妊治療を受けている女性の卵子を調べている中で、卵細胞内のDNA修復能力が、年齢とともに弱まり、出産可能時期が終わりに近づくほどその傾向が加速することが分かったそうです。
また、『卵細胞のDNA修復が正常に行われないと、卵子に累積的な損傷が与えられ死を早めてしまう』と指摘しています。高齢妊娠の場合、流産や染色体異常が現れやすいことからも、卵細胞のDNA修復能力が弱まることと関係があると言えそうです。実は私たち生物において、細胞のDNAが損傷することは日常茶飯事で、そのたびに修復している為、問題なく過ごせています。
このDNA修復に深くかかわっているのが、細胞内のミトコンドリアです。ミトコンドリアは細胞にたくさん存在し、エネルギー供給を行っているエネルギー工場です。人間の場合、たった一つの細胞の中に100~3000個のミトコンドリアが存在します。
前述のとおり、卵細胞は新たに作り出されることなく、生まれた時から減り続けている在庫の中から、成熟のプロセスを経て排卵されます。この過程においてたくさんのエネルギーが必要であり、エネルギー源が正常に供給されないといけません。エネルギーを供給しているミトコンドリア自体も同じように時間経過しています。
ミトコンドリアは「酸素」を活用し、細胞に必要なエネルギーを供給していますが、その時にどうしても「活性酸素」が発生します。身体を錆びさせ、老化現象の原因とされている物質です。
活性酸素とは、不安定な状態の酸素のことで、ミトコンドリア内で生じた電位差によって電子が漏れ出し、そこにある酸素分子と結合してできます。
難しいことはさておき、この電子を吸収した不安定な酸素は、非常に酸化力が強いのです。その為、周りの細胞を傷つけ、老化させてしまうわけです。
(※体内には、活性酸素を無毒化してくれる酵素があり、活性酸素が増えすぎないように調整してくれていますが、年と共に酵素の働きが悪くなります。また、この酵素と同じように抗酸化効果を持つものに、ビタミンCやビタミンE、緑黄色野菜に含まれるβ-カロテンがあります。)
実は、「活性酸素」が最も多く発生している場所はミトコンドリアなのです。
年をとればとるほど、ミトコンドリア自体もこの活性酸素の攻撃にさらされ老朽化し、エネルギー代謝が落ちてくるのも当然と言えます。そうすると卵細胞は日々損傷するDNAの修復が追い付かなくなり、染色体異常が起きたり、成熟過程に異常が起きる状態に陥ってしまうことになります。
まだまだ、生命の老化現象については、解明されていないことがたくさんあります。
ミトコンドリアを含めた複雑なプロセスがあるはずです。
このような研究が進むと、改めて生命というものは有限であると考えさせられます。寿命がある以上、その人生の過程で生殖に適した時期があるという事は、生物としての宿命なのでしょうか。科学的な方法で、卵細胞のDNA修復遺伝子の機能を維持する治療法が開発されれば、女性の出産可能年齢を安全に延長できる可能性も示唆しており、将来そのような治療法が開発されることも待たれます。
現代社会では生活環境、仕事、経済力、パートナーとの関係など様々に、そして複雑な悩みがあります。ただ、社会制度の充実や、産める環境が整うのを待っていること自体が機会リスクになる為、子をもつという選択をするならば、早い段階から人生設計の中に組み込み、望む人生へと進む必要がありそうです。
【参考・引用・関連リンク】
『卵子老化の真実』 河合蘭(著) 文藝春秋(文春新書)
『ミトコンドリアのちから』 瀬名秀明(著) 太田成男(著) 新潮文庫
『体内の神秘―皮膚の下に広がるファンタスティックな生命の鼓動とアートの世界』 スーザン・グリーンフィールド(著) 産調出版
トップ画像-出典はこちらの書籍P29「代表的なヒトの細胞-卵子」より
Bloomberg.co.jp
女性の50歳代初めの出産に光も-妊娠可能な期間終了の原因発見
『日産婦誌52巻9号』
高齢不妊婦人の問題点 ③流産