子供のいる方なら一度は耳にしたことがある”リトミック”という言葉。現在の親世代にとっては馴染みのない方も多いため、音楽に合わせてただダンスをし、身体を動かしていると思われがちです。

さて、リズム運動とリトミックは一体何が違うのでしょうか。リトミックの本質とともに、リトミックによって伸ばせると言われる子供の能力と、家庭でも親子で楽しめるリトミックの方法についてご紹介します。

「リトミック」のはじまりと”ダルクローズ理論”

「リトミック」とは1925年頃、スイスの作曲家 Émile Jaques-Dalcroze(エミール・ジャック=ダルクローズ)により音楽教育の実践的理論として採用され、その後普及して有名になった教育法です。

ジャック=ダルクローズは、和声学(ハーモニー、和音やコードの進行や組み合わせと配置)とソルフェージュ(楽譜を読むことを中心とした基礎訓練)を教えていました。より高度な音楽訓練に必要な音楽能力を早い段階で身につけさせるためには、読譜や記譜という知的な訓練の前に《音を聴く力》や《音を想像する力》が養われているべきであると考えました。
この「早い段階」とは、”身体と脳が並行して発達しており、絶え間なく印象や感覚を互いに伝えあっている時期”を指しており、それはつまり子供の時代を指します。音楽に対する感受性やリズム感覚を研ぎ澄ます体験を充分に積むことが、のちの音楽学習の基礎に重要であることを主張したのです。

また、ジャック=ダルクローズは「リズムやダイナミックスなどの知覚は、聴覚だけではなく、筋肉感覚とそれらを司る神経全体の働きによって可能になる」と考えました。そのため、本来リズミカルな性質のものである音楽的感覚は、身体全体の筋肉と神経の働きにより高まるという観点から、音楽教育の体系化を試みた結果リトミックが有益であるとしたのです。

最近の日本では、先生のピアノに合わせて子供たちが動いたり、音楽を伴った身体表現である「リズム運動」と呼ばれる学習を「リトミック」としているのが一般的な認識となっています。しかし、ダルクローズ理論は《リトミック/ロルフェージュ/即興演奏》の3つの要素から構成されており、リトミックの後に続く過程を行うことでその効果を充分に得ることができるとしています。

まずはじめにスタートする「リトミック」は、筋肉組織と中核神経の特訓によって身体的なリズム感覚と聴覚を養うことを目的とします。そして、リズム運動を1年間ほど経験した後に並行してスタートする「ソルフェージュ」では、音の高さや音の相互関係を感覚的に理解し、音色の識別能力を養うことが目的です。その後開始される「即興演奏」では、リズム運動とソルフェージュで養った身体感覚の中でも触覚と聴覚を駆使し、ピアノによる「表現」を目的とします。

このように、ダルクローズ理論全体をリトミックの教育法として考えると、ジャック=ダルクローズが意図した音楽教育の全貌がよく見えてくるのです。

リトミックのねらいとは?リズム運動で、子供たちは何を得るのか

筋肉感覚と嗅覚を協働させる”リズム運動”の訓練によって、音楽的感覚を身につける基礎訓練「リトミック」。
その後の「ソルフェージュ」では、”声”で感覚を表現し、自分の耳で確かめる訓練を積むことで内的な音楽感覚を養うことができます。
そしてその自然な結果として、感覚的に自分自身のアイデアにより、音楽を通して表現する「即興演奏」へと進んでいきます。

この発展していく3つの要素が「聴く体」から「演奏する体」へと変化させていく、それがダルクローズ理論の音楽教育なのです。

このような体系的な訓練を必要とする「リトミック」は、楽器演奏の技能を習得するときと同様、経験を積みながら継続して訓練を行うことで効果が発揮されます。そのため、「身体そのものが、私たちの感情を直に表現する”楽器”になるまで続けけなければならない」とされています。

そこでジャック=ダルクローズは「筋肉の弛緩と呼吸の訓練からはじまり、音楽フレーズをグループで身体表現する」までの22のレッスンを提示しています。特に意味もなく一部分を抜き取って行ったとしてもあまり効果はありません。リトミックにおいて、身体反応や身体表現はその方法やメディアであって、”目的”ではないのです。
1回のレッスンで子供たちが完璧にやりこなしたとしても、その経験が次のレッスンへの土台・導入となっていくため、短期間のうちに効果を過信することはできません。また、リトミックがうまくできたかどうかは、音楽的な感覚が身に付いたという評価の指針になることもありません。他人が端的に良し悪しの程度を判断できるものでなく、「聴く体」「演奏する体」へと間接的に育っていくものなのです。

さて、幼児教育の一環としてみられているリトミックですが、日本では一般的に何歳ぐらいから始められているのでしょうか。関西学院大学の長島礼氏による「日本におけるリトミックの実態に関する研究」によると、3歳をピークに、2〜5歳頃の幼児をリトミックの実践対象児として考えている保護者が多くいました。
しかし、音楽教育としての「リトミック」と幼児教育における「リズム表現活動」を混同している保護者も多く、またその区別も曖昧です。そのため、ダルクローズ理論に沿った本格的なリトミック教室は2~3歳から、リズム体操が主体のリトミックは0歳児からと、教室によってスタート時期はさまざまです。
とはいえ、始める時期は早ければ早いほど身につきやすく、効果的であるといわれています。

リトミックってどうやるの?家でもできる?

リトミックのアプローチをしっかりと取り入れるためには、教える側にリトミックの経験があることが望ましいですが、「幼児期にやっていたようだ……」というレベルの方も多いかと思います。
リトミックが未経験であっても、「リトミック」と「リズム運動」の差をしっかりと意識して行うことがポイントとなってきます。

リトミックの関連書籍・教材

例として、ピアノの伴奏に合わせて子供たちが動くゲームでご説明しましょう。

流れる曲の最後にじゃんけんをして、負けたら背中に回り、それを繰り返す「列車ゲーム」があります。
子供たちが楽しくなりハイテンションで行うため、笑い声や叫び声でピアノの伴奏が遮られていても気にならないでしょう。そして、子供たちは何度もやりたいと要求し、そして何度か繰り返され、皆が実に満足そうにゲームを終了したとします。しかし、これは音楽を使ったただのゲームであって、「リトミック」ではありません。このゲームをリトミックへと発展させるには、ピアノの伴奏を集中して聴けるような工夫が必要です。

例えば、ピアノの伴奏を止めたら動きを止める、再び始まったらまた動く、というルールを追加してみましょう。これによって音楽と動きの要素に注目できるようになるのです。さらに、高音域や低音域での動きを変える、曲を早くしたり遅くしたりする、スキップのリズムを追加するなど、曲に対しての体の動きに変化をつけることで、子供たちは身体感覚の変化を感じることができるのです。

このようなリズムを使った身体的な表現は、保育園や幼稚園をはじめ、さまざまなところで実施しやすいリトミックです。家庭で行う際に保護者が伴奏できない場合は、音楽を流しながら子供の好きな楽器(おもちゃの楽器でも可)を使って動きの変化をつけるといった工夫ができるでしょう。また動画サイトでも、リトミック関連の投稿がたくさんあります。


この動画では、音楽が途切れたら演奏をストップさせたり、音楽が変わったら動きを変えてみるなど、即時反応を取り入れたリトミックが紹介されています。マラカスは動きを変えると音が変わり、子供でも使いやすい楽器です。家庭では、ペットボトルに米を入れたものなど、手作りの楽器でも大丈夫。耳でしっかりと聞きながら、自分なりの音楽を表現する方法を身につけることが重要です。

リトミックには、即興性があるため臨機応変な対応が求められますが、それこそがリトミックの核心へとつながる重要な側面でもあります。マニュアル本や成功例をそのまま再現することは難しいかもしれませんが、子供と一緒に楽しみながら少しずつ慣れていくのがポイントです。

リズム運動に触れた子供は集中力が高い大人に!将来に活きてくるリトミックの成果

「リトミックは子供の頃に習うもの」というイメージが強いかもしれませんが、実は、大人向けのリトミックのクラスも実施されています。
例えば、280年の歴史を誇るロシア国立ワガノワ・バレエ・アカデミーにもリトミックのクラスがあります。リトミックは楽器を持たずに音楽を体感でき、音楽的な感受性を持つ肉体を得ることができるからです。
そのためバレエダンサーをはじめ、舞踏家や舞踊家、演劇やパントマイムなどの舞台家にとっても、音楽の基礎や拍子・リズム感などを鍛えるためにはリトミックがとても有用といえます。特に音楽家の場合は顕著です。
音楽を使用する芸術の分野に関心のある子供にとってリトミックは、将来に大きな成果を残すでしょう。

また、ジャック=ダルクローズの生み出したリトミックは、スイスの心理学者であるEdouard Claparede(エドゥアール・クラパレード)との共同研究によって、子供たちへの心身への良い影響があることが証明されています。それは、意思や注意力などの精神と身体のコントロールや調和が、リトミックによって成果を上げることができるというものです。

例えば、私たちは歩くとき、意識して足を前に出して歩行することはしないでしょう。しかし、障害物がある場合や不測の事態が起こった場合には、足元に注意したり歩き方を変えるなど、観察的意識が働くことで「意識化」することがあります。
クラパレードは理論「意識化の法則」にて、

”意識化を働かせるには、体験によって注意が促されることを強調する一方、逆説的にある行為が自動的になると、それは次第に慣例的に無意識的な行為となる「意識の喪失の法則」がある”

としています。
この理論を応用するなら、子どもの誤りを直す際、先ずその誤りをきちんと意識させることにより、無意識でない”意志的な注意行動”を意識付けることができるのです。これにより、再び同じミスをしない習性・ひいては無意識にその習慣がつく、というプロセスとなります。

またクラパレードはリトミックに対して、

  • 1.単純な欲求の命ずるのに従って苦もなく運動ができるというような、神経組織の柔軟性を高め、個人の身体を制御する力を与える
  • 2.生徒たちは、彼らの中に姿勢、振る舞いにおける優雅さ、美しさが育っていく
  • 3.身体や表現手段、また注意力や欲求についての一般的教養のひとつである
  • 4.より自己と運動の可能性を明確に意識し行うことにより、個人を高めていくもの
  • という見解を記しています。
    つまり、この教授法に関してクラパレードは、美しい姿勢の育成や注意力・身体を動かしたいように動かす方法・神経組織の柔軟性や子供の自己コントロール機能を高める方法に、リトミックの価値を認めているのです。
    こうした研究の積み重ねにより教育者たちの理解を得、実際に1928年には、ジュネーヴの小学校で準公式に採用されました。

    また、広島文教大学の善本准教授の研究では、子供たちが獲得していると指導者が考えている能力として「集中力(24.2%)」をはじめ、協調性やコミュニケーション能力、おもいやりといった、子供たちが他人に目を向け、社会で生きていくうえに必要であると言われている能力を挙げています。

    幼児期からリトミックに触れるならば、将来に多大な良い影響を残す結果が期待できるでしょう。

    まとめ

    リトミックは、音楽に合わせてダンスしているイメージを多くの方がもっていると思います。しかし、リトミックは単なるリズム体操とは異なります。
    「音楽的感覚は、身体全体の筋肉と神経の働きにより高まる」という本来の理論を考えれば、その後に続く音楽教育のステップの基礎として、リトミックを幼い時期に取り入れることは非常に効果の高い方法といえます。たとえ将来、音楽の道を目指すわけでなくとも、精神と身体ともに良い影響が期待できそうです。
    家庭でも可能なリトミックはたくさんあるので、ぜひ親子で楽しみながらリトミックを実践してみてください。

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    【参考・引用・関連リンク】
    リトミックの関連書籍・教材
    塩原麻里(2009)ジャック=ダルクローズのリトミック、音楽教育実践ジャーナル vol.6 no.2 , P55-62
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjomep/6/2/6_55/_pdf/-char/ja

    井上裕子(2015)「リトミック」の研究 ―リトミックって何をするの―、大阪城南女子短期大学研究紀要 第 50 巻,179 〜 190
    https://jonan.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=76&item_no=1&page_id=13&block_id=37

    日本におけるリトミックの実態に関する研究― 幼児教育の分野を中心に ―(2014)、教育学論究 第6号 P135-140
    https://kwansei.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=22360&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1&page_id=30&block_id=85

    細 川 匡 美、ジャック=ダルクローズの教育観の発展に関する研究― ルソー研究所、クラパレード、モンテッソーリ、ドクロリーとの関わりを中心に ―
    https://meisei.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=1574&item_no=1&attribute_id=20&file_no=1&page_id=13&block_id=67

    善本桂子(2009)子どものリトミック実践の現状と課題に関する研究、広島文教教育 Vol. 24, P1-11
    http://harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/h-bunkyo/detail/661020140519120913

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