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DNAの二重螺旋(らせん)構造が、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックによって発表されたのが1953年。それから50年後、ヒトゲノム計画が完了し、ヒトの全遺伝情報が解読され、約2万2千個の遺伝子の配列が分かりました。

ヒトの全遺伝情報が解読されてわかったことは、多くの情報が他の生命と共通しているということでした。驚くことに、ヒトとハエの遺伝子は70%が同じです。見た目ではなく、あくまで遺伝情報ですが、人間と昆虫が7割方同じ設計図だったなんて。また植物であるイネの遺伝子とヒトの遺伝子も40%が同じというからさらに驚きます。
地球生命は同じ要素で構成されて、つながっていることがよくわかりますね。

さて、本記事の主人公であるチンパンジーについて話を進めましょう。

チンパンジーと人間はどれほど違う?

チンパンジーの世界は、一般の人には馴染みのないことが多くとても刺激的です。まず、ヒトとチンパンジーのゲノム(遺伝情報)の違いは・・・たったの1.2%。つまり98.8%が同じ遺伝情報を持っているという事になります。

動物分類学上、チンパンジーはヒト科に分類されています。ヒト科には、我々人間しかいないように素人的には思ってしまいますが、ヒト科には4属あるといいます。
・ヒト科ヒト属(ホモ属)
・ヒト科チンパンジー属(パン属)
・ヒト科ゴリラ属
・ヒト科オラウータン属(Pongo)

Hominidae
「人間」対「動物」という視点で物事を見がちですが、人間も動物であり、同じヒト科に属するチンパンジーやゴリラ、オラウータンとは生物として非常に近い存在と言えます。特に、ヒトとチンパンジーは、ゲノムの差異からも分かるように、非常に近い存在。動物分類学上、チンパンジーとゴリラより、ヒトとチンパンジーの方が生物としては近いことになっています。

チンパンジーの子育てとは

この地球上でもっとも人間に近い存在であるチンパンジーの子育てを知れば、おのずと人間の子育ての在り方が見えてきます。
京都大学霊長類研究所教授の松沢哲郎先生とそのチームの長年にわたる研究がとても素晴らしく、感動を覚えます。

同じヒト科でも子育ての状況はずいぶん違います。チンパンジーの母子関係を知ると、人間の子育ての興味深い点が浮かび上がってきます。
まず、チンパンジーには年子がいません。さらには、2、3歳離れた兄弟もいません。チンパンジーの女性は、約5年に一度子どもを出産します。

なぜ5年に一度なのでしょうか?
チンパンジーのお母さんは、一人で子育てをします。4歳頃まで授乳をし、5歳(人間でいうと7歳くらい)を過ぎると独り立ちします。赤ちゃんが生まれてからずっと一緒にいて片時も離れることがないそうです。移動中もお母さんの背中やお腹にしっかりとしがみついています。少し大きくなって、遊びの時や食事のときには身体を離しますが、数十cmから1mくらいの範囲にいます。

お父さんは何をしているんだ?と思うかもしれませんが、お父さんは子育てには参加しません。さらには人間でいう「夫婦」のように男女が『つがい』になることもありません。
こう書くとお父さんはひどい奴のように感じますね。でも実際は役割が違うと考えた方がよさそうです。
各群れの男性チンパンジーたちは、チームで群れを守る役割をしています。群れの中で安心して生活し、子どもを育てられるように、他の群れとの争いや侵入者から群れを守らなければなりません。

チンパンジーの子育てでは、基本的に母と子の「1対1」で進められます。約5年の間、一人で育児を担当しています。その為、一度妊娠して子どもを出産すると、その子が独り立ちするまで繁殖活動は抑えられ、次の子を妊娠することはないようです。だから年子や2、3歳離れた兄弟もいないということになるのです。

Chimpanzee-oyako
片や私たち人間はどうでしょうか。
出産して数ヶ月もすれば、また妊娠できる状態になります。とても手のかかる子どもを、短い期間に続けて産む。このことは一見すごく大変で、人類が繁栄するときに利点にならないような気もします。

この違いは何を意味しているのでしょうか?

人間の子育てとの大きな違い

チンパンジーの女性の寿命は約50年。その期間の内、12歳頃からチンパンジーの女性は、文字通り生涯現役で子どもを作ることができます。約5年かけて1人ずつ子どもを育てても、妊娠できる期間が長いのでカバーができるというわけです。チンパンジーの乳幼児死亡率が3割程度あるということから、危険や病気のリスクのある大自然の中で、子どもを育てる場合、母対子という1対1の関係が理想的だったのではないでしょうか。

しかし、人間はそうはいきません。
10代後半から40歳頃までと考えても、20数年。女性の身体的負担を考えると、実際に妊娠して出産できる期間は限られてきます。その為、人類は進化の過程で短期間の間に子どもをたくさん産み繁栄する方法を選んだと考えられます。しかしそれだけでは、母親の負担が大きすぎます。

そこでパートナーである父親とつがいをつくり、夫婦となって一緒に子どもを育てるという形を採っています。さらには、妊娠可能期間が終了した女性は新たな役割も担います。そう、おばあちゃんとして子育てに関わるのです。もっと言えば、おじいちゃんもおじ、おば、兄弟、いとこ、地域の大人といった複数の人間が子育てに関わるのが、人間の子育ての形だったのです。

子育てに関して松沢先生は、「人間とは何か?」という問いに、共に育てるという「共育」こそが教育の基礎であり、人間の親子関係の特徴であるとしています。

人類が選んだ本来の子育てが、現代では難しくなってる側面もあります。核家族化が急速に進んだことで、物理的に親族の手を借りられない状態であったり、近所付き合いも希薄な状態では、地域の大人からの援助も難しくなります。父親であるパートナーの協力が重要なのは言うまでもありません。現代はの子育ては、どうしても母親に負担が集中しがちです。

家庭に入って子どもを持てば、それで幸せという時代でもなくなってしまいました。実現したい目標もあるし、やりたいこともある。女性の社会進出が当たり前の時代になれば、当然自身のライフプランも考えます。そんな中で、子をもつことが足かせのように感じる世の中にはなってほしくないと願います。

子をもつ、子を育てるというのは、本人やその家族だけの問題ではなく、親族はもちろん地域の人など関わる大人が共に育てるんだという姿勢を、もう一度見直す時ではないでしょうか。

【参考・関連リンク】
『マル激トーク・オン・ディマンド 第595回』チンパンジーが教えてくれた-希望こそ人間の証

『想像するちから― チンパンジーが教えてくれた人間の心』 松沢哲郎 著 岩波書店

『京都大学霊長類研究所』
『京都大学霊長類研究所で行われているチンパンジーの心に関する最新の研究成果など』

Image courtesy of FreeDigitalPhotos.net

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