学習の在り方を全く変えてしまう取り組みが、世界で着実に広がり始めています。革命とも言えるその取り組みを始めた人物が、サルマン・カーン(Salman Khan)です。
アメリカのボストンでヘッジファンドのアナリストをしていたカーンは、ニューオーリンズに住む いとこに数学の家庭教師をしていました。家庭教師といっても2000km以上離れた場所ですから、WEB上で電子黒板というツールを使って教えていました。
彼は、ほんの軽い気持ちでYouTubeにその動画をUPします。いとこが復習するのに使えるだろうと考えてのことです。
いとこは、直接彼に教えてもらうよりビデオを使って学ぶ方法をとても気に入ったそうです。一時停止をしたり、少し戻ったり、わかっているところを飛ばしたり、何度も聞き返すのに気が引けることでも、気にせず、そして好きな時間に、リラックスしながら自分のペースで学習できるからです。
しばらくすると、彼のもとにYouTubeで動画を見た世界中の人たちからメッセージが届くようになります。
ある日、数学が苦手な12歳の自閉症の子どもの親御さんから感謝のメッセージが届きます。
「数学を克服するのにとても苦労していました。あらゆる教材を試していくうちにあなたのビデオに出会いました。そして息子は初めて小数を理解できたのです。そして難しい分数も理解することができたんです!とても信じられません。息子はもう夢中です。」
このような感想をたくさん受け取るようになり、彼は嬉しくなりました。その後もたくさんの動画をアップしていくことになります。
さらに彼はここで止まることをしませんでした。ある学校の先生からこんなメッセージを受け取ります。
「ビデオを見るように子どもたちに指示して、今では宿題を教室でするようになりました。」
教室でどのような変化が起きたのかというと、カーンのビデオで各自が家で学習をして、教室ではわからない所やより発展的な内容を、ほかの生徒や先生たちとコミュニケーションしながら行うように変わったというのです。先生から生徒に向けられた、退屈な一方通行の授業スタイルから、教室は人間味あふれる楽しい学びの場に変化したのです。
このような現象をカーンのプログラムを使って、どこの学校でもできるようにすればなんて素晴らしいだろうと彼は考えます。彼は、アナリストの仕事も辞めてしまい、非営利のカーンアカデミー(KHAN ACADEMY)を立ち上げます。
現在では基礎的な算数から、生物学、化学、経済学、宇宙論、ファイナンス理論に至るまで3200本を超えるビデオがアップされています。世界中からのアクセスは1日に数十万回に及ぶというので驚くばかりです。
さらに素晴らしいのが、ただビデオがWEB上にたくさんアップされているだけではないというところです。例えば、算数の簡単な足し算の問題を10問連続で解くことができれば、次の少し難しい問題へ、また10問連続クリアできれば次の10問へという具合に、数学の基礎の基礎から段階的に、またネットワーク的に数学を理解できるようにソフトウェアが設計されています。これにより各自のペースに合わせながら、またゲーム感覚で楽しみながら、理解を深めていくことができます。
実際に問題をたくさん解いていくと、勲章のようなバッジがもらえたり、ポイントを獲得したりできるようになっています。うまく子どもの心をつかんでいますね!
そしてこのプログラムをさらに発展させて、実際の学校の授業に導入しています。数学のカリキュラムの約半分を、生徒たちはカーン・アカデミーのビデオで学び、実際の授業では、講義に代わってロボットを製作する授業など、数学を体験の中で学ぶことのできる時間に割り当てることに成功しています。
このプログラムでは、各生徒がどの問題を理解していて、どこでつまずいていて、どこまで学習できているのか・・・といったことが一目でわかるようになっています。グラフ化されたデータが先生のもとに提供される仕組みになっており、先生はそのグラフを見て、授業内容を考えたり、ある問題でつまずいている生徒に適切な指導をしたり、生徒同士で教え合わせたりということができるようになります。
サルマン・カーン氏のビジョンはこのシステムを使って、「世界を一つの教室」にしてしまうことだそうです。このシステムを使えば、途上国の学校に行けない子どもたちにも、全く違う国の誰かが、教えてあげることがすでに可能になっています。世界中の子どもたちや先生たち、そして一般の人たちまでもが、互いに教え合い成長することができる環境が整おうとしています。
現在、カーン・アカデミーでは、ボランティアによる多言語化にも積極的に取り組んでいます。
残念ながら日本語に翻訳されているビデオはまだまだ一部ではありますが、時間と共に充実してくるでしょう。
※現在では、日本語のコンテンツもかなり充実していきています。
もしボランティアで翻訳してもいいという方は、カーン・アカデミーに登録すれば参加できます。
このようなシステムが日本でも大いに活用されることを望みます。
【参考】
『世界はひとつの教室 「学び×テクノロジー」が起こすイノベーション』 サルマン・カーン(著) 三木 俊哉(翻訳) ダイヤモンド社
『Youtubeチャンネル』
https://www.youtube.com/user/khanacademy
『Youtubeチャンネル-KhanAcademyJapanese』
https://www.youtube.com/user/KhanAcademyJapanese