目次
「妊娠中は太りやすい」と言われていますが、SNSなどを見ると、妊娠中でもスレンダーな体型を維持されている画像は多く見られます。実際、体重を増やしすぎてしまうと出産時の障害となるため、産科医にもカロリーコントロールを指導されることがありますよね。
こうして食事制限などをおこない、体重を増さないよう努力をしている女性が多くいますが、その背景に『胎児の低体重化』が進んでいるのをご存知しょうか?
この記事では、妊婦にとって必要な栄養を削ることで引き起こすおそれのある《低体重児》の問題についてご紹介します。低体重児で生まれることでどんなリスクを背負うおそれがあるのか、また、妊婦さん向けのカロリーアドバイスも掲載しています。
増えている低体重児-妊婦の低栄養が深刻化
実はここ数年、平均的な出生体重が下がっています。「未熟児」と呼ばれていた2500g未満の「低出生体重児」の割合が、年々増えているのです。
たとえば、1975年の低体重児の割合は全体の5.1%だったのに対し、1990年には6.3%、2017年には9.4%……と、年々上昇しています。
男女別では、男児が8.3%・女児が10.6%となり、女児のほうが少し多い統計となっています。この割合は、先進国の中でも際立って多いものです。
低体重児が産まれる原因としては、
などが挙げられています。
とくに最後の「妊婦による過度な体重制限」については、妊婦さん自身も実感するところがあるのではないでしょうか?
妊婦健診では毎回体重測定があり、体重が増えすぎることによるリスクについて産院より説明もなされているため、多くの妊婦が体重の増加を気にしています。
また産後の体型維持をするために、胎児の体重や羊水・胎盤などといった最低限での体重増加でとどめておきたい……という考えを持つ女性も増えています。
その結果、過度な食事制限をおこなうために必要な栄養が足りず、それによって胎児の低体重化が増加してしまっているのが現状です。
元から細身な女性も注意が必要!
低体重児となる原因として、妊娠中の低栄養だけではなく「妊娠前から痩せている」ことについても注目されています。
ダイエットで低栄養傾向になり、常に痩せている女性が妊娠した後も食生活を変えないケースが多くあり、栄養が足りず低体重児を出産しているのです。
厚生労働省やアメリカ医学研究所(IOM)などでは、肥満度を表す体格指数であるBMI(ボディマス)指数18.5未満の状態を「痩せている」と定義しています。BMI指数は「体重(kg)÷身長(m) 2」で算出できます。
たとえば、150cmの場合は40.5kg未満、152.5cmは41.8kg未満、155cmは43.2kg未満、157.5cmは44.6kg未満、160cmは46kg未満、162.5cmは47.5kg未満、165cmは49.0kg未満が「痩せている」となります。
ダイエットを頑張っている女性や痩せ型の女性の場合は、このくらいの体重である方も少なくないのではないでしょうか?
なぜ危険?低体重で生まれるリスク
近年は医療の発達により、未熟児であっても他の子供と同じように大きな問題なく成長しているのがほとんどです。そんな時代に、低体重で出生することでどんなリスクが考えられるのか、さまざまな国でおこなわれている研究結果をもとにご説明しましょう。
胎児・新生児期の栄養環境が将来の健康状態に影響「DoHAD仮説」
イギリス・サウサンプトン大学のBaker(バーカー)教授らの研究によると、IUGR(子宮内胎児発育遅延)や低体重で生まれた子供は、成人したときに高血圧・動脈硬化・耐糖能異常のリスクが高くなっていることが確認されています。
”生活習慣病の起源に、胎児期の低酸素や低栄養状態が関係している”というこうした説は、「バーカー仮説」または「DoHAD仮説(成人病胎児起源説)」として多く知られています。
ニュージーランド・オークランド大学Gluckman(グルックマン)教授らの研究でも「胎児期や生後早期に数々のストレスが加わることにより、その後に疾患を発症することがプログラミングされる」という指摘がなされています。
また1944年〜1945年の第二次世界大戦中、オランダで発生した飢餓において、子宮内で低栄養にあった胎児が成長後に高確率で肥満体になったことが、1973年の研究でも確認されているのです。
このように、出産直後や子供のころは異常なく成長したとしても、大人になってから肥満や生活習慣病などになる確率が高いということが各方面から報告されています。
現在、生活習慣病にかかる人口はどんどん増えてきており、社会問題となっています。多くの負担がかかる医療費を節減し、生活の質を高めることができるという観点からも、日本でも数々の研究者が研究を重ねています。そして、栄養不足による低体重児とならないよう警鐘を鳴らしているのです。
母親の「太りたくない」「スタイルを維持したい!」といった理由により、子供が将来病気にかかる確率を上げてしまうことは、ぜひとも避けたいものです。
出生時の体重と関連して発症する疾患
バーカー教授らの研究などから、明確に出生体重と関連して発症する疾患が挙げられています。
それには、
などが挙げられます。
たとえば、栄養状態が悪く低体重で生まれたことにより、腎臓の「ネフロン」という数値が減少してしまうことがあります。これにより、高血圧や腎臓病のリスクが上がってしまうのです。
また同様に、膵臓のベータ細胞の容量が減少してしまうことがあり、これにより2型糖尿病のリスクが高まります。腎臓病や糖尿病は完治するのが難しい疾患でもあるため、できることならば避けたい疾患です。
加えて関連が想定される疾患として、
も挙げられています。
たとえば、前項でも述べた第二次世界大戦中のオランダの飢饉においては、低栄養に曝露された胎児が統合失調症を発症した確率が、通常の2倍となっていました。中国の大飢饉においても、胎児が成人したときに統合失調症を発症した確率が、約2倍であったという報告があります。
成人病だけではなく精神疾患など、他にもさまざまな疾患の原因になると考えられている「胎児の栄養不足」。明確に関連があるのかどうか、現在も世界各国で研究が続けられています。
妊婦・赤ちゃんにとって、どのくらいの体重維持が適切?
それでは、胎児にとってどのくらいの体重増加が適切なのでしょうか。もともとの体重や環境によっても異なりますので、各方面からのデータを元にご説明します。
成人女性に必要なカロリー(エネルギー)はどのくらい?
厚生労働省が発表している「推定エネルギー必要量」というものがあります。これは、年齢と身体の活動レベルによって分けられます。
多くの女性があてはまる、身体活動レベルが”ふつう(II)「座位中心の仕事をしているが、職場内での移動や立って作業・接客をしたり、買い物や家事、軽いスポーツなどいずれかを含む場合」”を例にあげると、
が必要とされています。
しかし、平成29年の国民健康・栄養調査報告の「女性のエネルギー摂取量の推移(2017年度)」では、20代の摂取カロリーの平均値は1,694kcal・30代女性の平均値1,685kcalとなっており、摂取カロリーが低いことが明白です。「太りたくない」という思考の女性が多いため、日常的に摂取しているエネルギーが少ないことが理由として考えられます。
妊娠中はつわりが治れば、自然と食欲も回復してくるもの。それでも食べたい欲求を無理に我慢している人は、少なくないようです。ただし、それが果たして赤ちゃんにとって、よいことでしょうか?
結構食べられる!2000kcalのメニュー例
欲求にかまけて暴飲暴食するのは、赤ちゃんにも負担を与えるのでタブーです。しかしやはり、過度のカロリーコントロールは身体においても精神面においても、母子ともに良い影響があるとはいえません。
また摂取カロリーだけではなく、主食・副菜・主菜・牛乳・乳製品・果物と、バランスよく摂ることを意識してメニューを組み立てることもとても重要です。
朝はパン・昼は洋食・夕食は和風献立という「真似しやすい2000kcalのメニュー例」をご紹介します。
意外と量を食べられると感じませんか?
いちごやみかんなどのフルーツを入れたり、ヨーグルトやミルクコーヒーなど、一息つけるアイテムを加えるとさらに無理なく過ごせますよ。
この場合のコーヒーはノンカフェインのものを選んでも良いですが、1杯ほどのカフェイン量ならば胎児への影響はほとんどないため、リラックスするためにもおすすめです。
「1ヶ月に1kgずつ」?……妊娠したらどれくらいの体重推移が適当?
妊娠期における適性な体重増加量について、明確に「何kgまで」という定義はありません。そこでここでは、各所での適切な体重増加例をご紹介しましょう。
多くは、妊娠前の肥満度別に適性体重増加量を定めています。
たとえば、日本産婦人科学会周産期委員会(1997年)では、
としています。
厚生労働省「健やか親子21」(2006年)では、
日本肥満学会「肥満症診断基準2011」(2011年)では、
となっています。
海外の例はどうでしょうか。アメリカ医学研究所(IOM)では、
としています。
アメリカでは日本と比べて体重の適性増加量が多いわけですが、低体重児におけるリスクについては日本以上に問題視しているようです。
筆者の場合は「普通体型(BMI19)」になりますが、妊娠中は主治医より「1ヶ月に1kgほどの増量が適切である」と言われました。これは平均した場合の数字であり、実際に1ヶ月に1kgづつ、順調に増やしていくのは困難です。
とくに妊娠初期はつわりなどで、逆に体重が落ちることもあります。それでいて妊娠中期に入りつわりがおさまると、月に2kg〜3kg一気に増えてしまうことも。急激な体重増加は胎児にとってもおおきな負担となるため、医師から注意されました。
妊娠中のカロリーコントロール・体重管理は、妊婦さんたち共通の課題となっていますね。
ストレスは溜めないように!妊婦さんが目標にしたい食事バランス
妊娠中はホルモンバランスも影響し、体重が増えやすくなります。それでも栄養バランスはきちんと考えなければならないため、普通のダイエットよりずっと気を使うものですよね。そうして食事制限によってストレスが増えてしまっていては、胎児への悪影響も心配……。
そこでここからは、妊婦さんが目標にしたい摂取カロリーや、食事内容についてご紹介します。ぜひ参考にしてみてください。
週数ごとの目標カロリー摂取量
まず、厚生労働省が発表している推定エネルギー必要量をベースとして、2,000kcal~2,200kcalを標準とします。
それに妊娠初期(16週未満)は+50kcal・妊娠中期(16~28週未満)は+250kcal・妊娠末期(28週以降)は+500kcalが目標のカロリー摂取量となります。
最近は飲食店のメニューにもカロリー表示がなされているところが多くあります。上記の目標カロリーを気にしながらの食生活を心がけてみましょう。
実現しよう、適切な食事バランス!
妊娠初期(16週未満)は+50kcalということで特別に食事を付加しなくてもOKですが、この時期はつわりで食べるのが難しくなる方も増えるとき。出来る限り食べられるものを食べ、必要なエネルギー量をとれるようにしましょう。
人によって「食べたい」と思うものは千差万別。「生野菜なら食べられる」という方もいれば「ハンバーガーとポテト以外ムリ!」という方もいます。苦手になるものも、だしの香りや炊き立てご飯の香りだったり、または「水もダメ」という方まで。
筆者の場合は氷食症になったので、氷が出来次第ガリガリやっていました(栄養がなく冷えるので食べすぎはよくないですが、心の安定には寄与した気がします)。
妊娠中期(16~28週未満)には+250kcalということで、なにか1品追加するとよいでしょう。
葉酸が多い緑黄色野菜(サラダやおひたしなど)を副菜として取ったり、貧血予防のために鉄分が多い赤身の魚やお肉で主菜を追加するのがおすすめです。
妊娠末期(28週以降)には、妊娠中期から後期に意欲的に摂取しないと不足しがちになってしまうカルシウムを、牛乳・乳製品で摂取しましょう。朝食にヨーグルトを追加するなど、負担にならない手軽なメニューを選ぶのがポイントです。
まとめ
妊娠中はほとんどの女性が体重管理に悩まされ、試行錯誤して太らないように気をつけている方が多いでしょう。
しかし、体重の増量や体型が崩れることを極端に気にするあまり、栄養不足状態になるまで食事制限をしてしまうのは危険。結果、胎児の低体重化が増えているからです。
大人になってからの成人病の起因となる可能性が上がってしまうことを考えると、お腹に宿しているうちから、子供の一生に責任を持ちたいものですね。
妊娠中は何かとストレスもたまり、普段通りの気遣いは難しいものです。できる限りバランス良くしっかりと栄養を取って、子供が元気に成長できるよう心がけてみてください。
【参考・引用・関連リンク】
■胎児期の栄養状態が生涯の健康を左右
DOHaH仮説-我が国の周産期の現状と今後の課題-
■昭和大学DOHaD班
http://www10.showa-u.ac.jp/~dohad/explanation.html
■胎児期環境と生活習慣病発症機構
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjh/71/1/71_37/_pdf
①厚生労働省 人口動態統計 平成29年(2019)
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/kakutei17/index.html
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450011&tstat=000001028897&cycle=7&year=20170&month=0&tclass1=000001053058&tclass2=000001053061&tclass3=000001053064&result_back=1&second2=1 →4-25
②福岡秀興(2016)胎生期環境と生活習慣病発症機序 ―成人病(生活習慣病)胎児期発症起源説から考える―, 日衛誌, 71, 37-40
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjh/71/1/71_37/_pdf
③-1Ravelli GP, Stein ZA, and Susser MW(1976) Obesity in young men after famine exposure in utero and early infancy. N Engl J Med, 295 : 349 ─353.
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJM197608122950701
③-2Osmond C, Barker DJ, Winter PD, Fall CH, Simmonds SJ.(1993) Early growth and death from cardiovascular disease in women. BMJ;307(6918):1519.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1679586/
③-3 Hanson M, Godfrey KM, Lillycrop KA, Burdge GC, Gluckman PD. (2011)Developmental plasticity and developmental origins of non-communicable disease: theoretical considerations and epigenetic mechanisms. Prog Biophys Mol Biol ;106:272
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4933018/
④-1
Barker DJ, Sir Richard Doll Lecture. Developmental origins of chronic disease. Public Health 2012;126:185-189.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0033350611003660
Lucky VA, Bertram JF, Brenner BM, et al. Effect of fetal and child health on kidney development and long-term risk of hypertension and kidney disease. Lancet 2013:382:273-283.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23727166
④-2
Rhodes CJ. Type 2 diabetes-a matter of beta-cell life and death? Science 2005:307:380-384.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15662003
④-3
Susser E, Neugebauer R, Hoek HW, et al(1996) Schizophrenia after prenatal famine. Further evidence. Arch Gen Psychiatry, 53 : 25 ─31.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/8540774
④-4
St Clair D, Xu M, Wang P, et al(2005)Rates of adult schizophrenia following prenatal exposure to the Chinese famine of 1959─1961. JAMA, 294:557─ 562.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16077049
⑤平成29年 国民健康・栄養調査報告
推定エネルギー必要量 厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/houdou/2004/11/h1122-2a.html
⑥ 産婦人科 診察ガイドラインー産科編2017 P52