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数々のダイエットブームからも、痩せることへの現代人の欲求はとどまることを知りません。

現代では食が豊かになり、さらにはメディアの影響も相まって、美への意識はますます高まっています。彫刻や絵画からもわかるように、古来女性の美しさの基準は「子孫繁栄」の象徴であり、ふくよかな丸みのある女性らしい体つきでした。

しかし現代的な美を追求するあまり、少々痩せすぎの女性がたくさん現れるようになりました。また、摂食障害と診断される患者数も1980年から約20年の間に10倍に増えていると言います。
http://www.mhlw.go.jp/kokoro/speciality/detail_eat.html
その原因には様々な要因が絡んでいますが、肥満を蔑視する社会的・文化的風潮や、それに伴う心理的な要因が大きいのでしょう。

ただし行き過ぎると、もはや「美」の領域を超え、生命としての機能をも失ってしまう可能性があります。

「体脂肪」が妊娠可能かどうかの生命線


初経を迎えるには体脂肪の蓄積が重要だという事を聞いたことがあるでしょうか?
確かに思い出せば、太りたくもないのに思春期の頃に急に太りだしてしまったという女性の方もたくさんいることでしょう。しかし、これは身体の成長の中で正しい当たり前の変化だったという事になります。

月経が起こる為には、卵巣から分泌される女性ホルモン(エストロゲン)などのホルモンが、脂肪組織において代謝される必要があります。この脂肪組織での代謝が正しく行われることが月経周期の調節には不可欠なのです。

確かに、胎児を育てるなかで、母親が妊娠中に栄養素が不足する事態になっても、優先的に胎児へ栄養を供給する必要があります。その為にはある一定以上の脂肪の蓄積が必要になるのは当然のことでしょう。

短期間に体重の約20%を減らすダイエットを行うと月経が来なくなる可能性が高まります。よく知られているのが長距離ランナーなど、体重減少が避けられない激しい運動をおこなうスポーツでは月経異常が起こりやすい。激しい運動と月経・妊娠について、体脂肪率についてみてみると体脂肪率が低下するほど月経異常の頻度が高くなることが分かっています。

30歳未満の女性の場合、一般的に体脂肪率は17%~24%程度の範囲とされていますが、まず初経が起こるには17%以上が必要であり(通常は20%前後の人が多い)
体脂肪率が15%を下回ると、約半数の女性に月経異常が現れます。さらに12%を切ると月経異常は必ず発生すると言われます。また、脂肪組織より作り出される「レプチン」という物質は、食欲と代謝に関係するホルモンだと言われてきましたが、近年では性機能を刺激し、維持する作用があることも知られるようになってきました。

レプチンは脂肪細胞で作られるのですが、レプチン発見後の早い段階において、胎盤から高い数値で産生されていることが分かりました。初経を迎えるのに脂肪の蓄積が不可欠と先に書きましたが、その理由はこのレプチンの分泌にあります。

レプチンを人為的に欠損させたマウス実験において、このマウスは妊娠することができなくなります。つまりは、脂肪を蓄積することの意味は、レプチンの産生を増やすことにあり、このレプチンの作用によって妊娠機能が発動すると言えそうです。さらに、着床期にレプチン濃度が最も高まることから、卵管や子宮内で分泌されたレプチンが直接的に受精卵(初期胚)に影響を与えているという可能性も指摘されています。

ただ、レプチンは脳の視床下部やその他の臓器、また女性ホルモンとの密接なかかわりが指摘されており、仕組みは単純ではないようです。現在も排卵障害とレプチンの関係を調べる研究が進んでいます。

ちなみに・・・
ではどんどん太っても大丈夫なのか?というと、そう単純にはいきません。BMI(Body Mass Index 肥満度を表す体格指数)値が35を超えるような場合、正常な女性に比べ、自然妊娠が約26%しにくくなり、BMI40を超えると43%妊娠しにくくなるという報告があります。
※BMI値の計算→(http://bmi.nobody.jp/
そもそもレプチンは食欲を抑え、肥満を抑制する働きをします。身体に脂肪がたくさんあるという事は、レプチンの分泌が盛んなはずなのに、なぜ抑制されないのかという疑問がわきます。この場合、そもそもレプチン分泌に問題がある場合と、レプチンが分泌されているのにその反応が鈍くなっている(レプチン抵抗性)場合が考えられます。

普段は「この贅肉めっ!」と目の敵にしてきたかもしれませんが、妊娠・出産にはもちろん女性には切っても切れない重要な役割があったということです。

もう一つの条件「体温とミトコンドリア」


「冷え」は多くの女性が感じているもので、一般的なものになっている為、軽視されている場合もありますが、慢性的な冷えや重度な冷えは、身体に大きな悪影響があると考えた方が良さそうです。これは妊娠・出産に関しても例外ではありません。

東洋医学では昔から「冷えは万病の元」といわれ、特に胃腸や手足の冷えの解消のために、体を温める漢方薬が有効とされてきました。近年では不妊の解消のために、身体を温めると言われる生姜湯やハーブティー、たんぽぽ茶などを勧めるところも増えてきました。

女性の基礎体温表からも分かるように、女性は月経周期にあわせて低温期と高温期を繰り返します。この体温上昇と低下は、ホルモン分泌と密接にかかわっており、妊娠の準備を行う女性の身体の変化には、普段よりも高い体温が必要になることが理解できます。

慶應義塾大学看護医療学部 専任講師の中村幸代氏の「冷え性と早産の関係性」についての調査によると、冷え性である妊婦は冷え性でない妊婦に比べ、早産率が約3.4倍もあったと報告しています。早産には様々な要因がある為、冷え性が全ての原因とは言えませんが、強い関係性が認められると結論づけています。

またもう一つ注目できる点が、細胞のエネルギー供給についてです。私たちは今この瞬間も、ものすごい勢いでエネルギーを生産し続けないと生きていくことはできません。その為に呼吸をして酸素を取り込み、また食物を分解することで糖分や脂肪分を取り込んでいます。この細胞のエネルギー(ATP)生産に関わっているのが、解糖系と言われる「糖」を分解して行われるエネルギー供給と、ミトコンドリア系と言われる「酸素」を使って行われるエネルギー供給です。

ここでは簡単に説明すると、解糖系では2つのATP(アデノシン三リン酸)が得られる一方で、ミトコンドリア系では36ものATPが得られます。およそ18倍ものエネルギー生産効率です。この二つのエネルギー生産には役割分担があります。解糖系は、主に緊急時に活躍します。生産効率は良くなくても瞬発力が必要な時に、血糖から瞬時にエネルギーを作り出せます。しかし分解過程で「乳酸」が残るので、疲労感が溜まります。

一方、ミトコンドリア系は持久力に長けており安定的に大量のエネルギーを供給できます。また生産過程で老廃物を残さないので、身体に疲労感は残りません。
解糖系がよく働く温度は33度ほどの低温で、ミトコンドリア系がよく働く温度は37℃以上です。もうお分かりですね。つまり、冷え性で慢性的な低体温の場合、ミトコンドリア系の働きが悪くなっているのです。

ミトコンドリアの活動が盛んで効率よくATP生産ができていれば、その生産サイクルの中でさらに熱を発生することになり、良い循環が生まれます。
ミトコンドリアは、一つの細胞におよそ数百~数千も存在します。特に卵子や精子にはぎっしりとミトコンドリアが存在しています。

ヒトの精子

中央付近にたくさん見える楕円形のものがミトコンドリア。

それだけエネルギーが必要な証拠なのでしょう。

冷えの原因については様々ですが、
・筋肉量の不足
・運動不足、血行が悪い
・喫煙やストレスによる血管収縮、血流の低下
等があげられています。

ミトコンドリアはどうすれば活性化し、増えてくれるのか?


では、どうすれば体内のミトコンドリアが活性化し、増えてくれるのか?

一般的に現代人の「呼吸」は浅くなっていると言われます。
肺を十分に使って酸素を取り込んでいない為、酸素供給のポテンシャルを十分に活用し切れていません。休憩時間やリラックスしているときに腹式呼吸で深く息を吸い、酸素をたくさん体に取り込むのも効果的です。

それから後述の運動にも関係しますが、ミトコンドリアは筋肉細胞にたくさん存在します。つまりは、筋肉量を増やせば全体的にミトコンドリアも増加していきます。

上記も踏まえて最も効果的なのが、「有酸素運動」と「無酸素運動」の組み合わせです。
(※体内で起こっている精妙なプロセスにおいては参考図書の「ミトコンドリアのちから」でご確認いただければと思います。)

「ぜぇぜぇ」と息があがり体内の酸素が不足する状態になると、ATPの生産が追いつかなくなりATPが不足状態になります。すると体内では、ミトコンドリア内に脂肪をたくさん送り込み、脂肪を分解することでエネルギーを得ようとします。この状態の時に、酸素をしっかり取り込む有酸素運動に切り替えれば、脂肪代謝が上がり燃焼されます。そしてこの時に、ミトコンドリアの増加装置である「PGC-1α」と呼ばれるたんぱく質が関係しており、このたんぱく質が活性化することで、ミトコンドリアが増加するということが分かっています。

冷えを解消し、ミトコンドリアを増やすためには脂肪代謝をうまくコントロールすることが重要なようです。

最初に書いた脂肪の蓄積の話と矛盾するように感じますが、そうではありません。
妊娠を考えれば、ミトコンドリアを増やすために体脂肪率を下げ過ぎるようなハードな運動はしてはいけません。また空腹状態がミトコンドリアを活性化させることも分かっていますが、過度な食事制限も妊娠を考えた場合はNGです。

要はバランスです。誰もが期待するような奇跡的な方法など存在しないようです。日々の生活に運動を取り入れ、極端な食生活をせず、そして女性らしく生活することが、妊娠できる健康的な体への近道ということなのでしょう。

【参考・引用・関連リンク】
『月経のはなし』 武谷雄二(著) 中央公論新社(中公新書)

『安保徹の新体温免疫力』 安保徹(著) ナツメ社

『ミトコンドリアのちから』 瀬名秀明(著) 太田成男(著) 新潮文庫

『体内の神秘―皮膚の下に広がるファンタスティックな生命の鼓動とアートの世界』 スーザン・グリーンフィールド(著) 産調出版

挿絵画像-出典はこちらの書籍P175「ヒトの精子」
運動と女性の健康 競技スポーツと月経現象
「肥満研究」Vol. 15 ワークショップ 肥満症Q & A
肥満は女性の排卵障害以外の不妊原因にもなりえる
日本冷え症看護/助産研究会
傾向スコアによる交絡調整を用いた妊婦の冷え症と早産の関連性
初期胚におけるレプチンの発現とその機能について

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