1989年、アメリカでは犯罪件数がピークに達し、凶悪犯罪は過去15年で80%も増加していました。
多くの専門家たちは、これからも犯罪が増え続け、将来は大変な状況になると予測していました。ところが、1990年代に入って犯罪発生率が下がり始めたのです。誰もこんなことは予測できませんでした。いったいアメリカで何が起きたというのでしょうか?
犯罪発生件数と〇〇の思わぬ関係
犯罪学者や警察、その他の専門家たちは、いかにも効果のありそうな原因をあげました。好景気による失業率の低下、警察官の増員、銃規制の強化、麻薬市場の変化、人口の高齢化・・・どれも効果がありそうです。そして実際に少しは効果があったのでしょう。
しかし、犯罪が減少した決定的な要因は、思いもつかない所にありました・・・
1820年以降、女性の健康への配慮から、妊娠中絶を禁止する動きが活発化し、1960年代までにほとんどの州で妊娠中絶が禁止されていました。その後、1970年3月 テキサス州で全米に大きな影響を与えることになる「ロー対ウェイド」裁判が行われます。
※「ロー対ウェイド」裁判
この裁判で、アメリカ合衆国最高裁は1973年1月22日、テキサス州の中絶法を違憲とする判決を下します。これにより一気に妊娠中絶の合法化が全国へと広がることになりました。多くの州で妊娠中絶が合法化されていく中、「ロー対ウェイド」裁判の後、一年間で75万人の女性が中絶を受け、さらに1980年には160万件まで中絶件数が増えることになりました。アメリカの場合、特にティーンエイジャーや20代前半の妊娠中絶率の割合が高いことが統計データからわかります。
妊娠中絶が合法化された後、どんな変化があったのでしょうか?
子殺しの件数が劇的に減り、できちゃった結婚も減り、養子に出される赤ちゃんも減りました。そして問題の犯罪発生件数は「ロー対ウェイド」裁判から20年ほどたった1990年代初め、劇的に減少することになります。恵まれない環境で、幼少期、少年期を送った子どもたちが、一番犯罪へと手を染めやすい10代後半になる頃に明らかに犯罪が減ったのです。
子どもを持ちたくない様々な理由が背景にはあるのでしょう。結婚していない、結婚生活がうまくいっていない、貧困、アルコールや薬物依存、性犯罪や母体への危険性などのやむを得ない事情も考えられます。もし、このような環境の中で、子どもを育てなければならないとなると、子どもの成長に大きなマイナスの影響を与えることは想像に難くない・・・。
犯罪と中絶の因果関係が本当にあるのかどうか疑問が残りますが、他にこんなデータも紹介されています。
「ロー対ウェイド」裁判以前から妊娠中絶が合法的に認められていた ニューヨーク州、カリフォルニア州、ワシントン州、アラスカ州、ハワイ州では、他の州よりも早く犯罪が減り始めていました。凶悪犯罪で13%、殺人事件(1994~1997年)では23%減少していました。
また中絶率の高い州ほど、1990年代の犯罪発生率が大きく減少している事実もあるようで、ここに真実が隠れていると言えそうです。
このような内容が全て日本に当てはまるとは限りませんが、心が痛む何とも言えない真実が浮き彫りになっています。
妊娠中絶の是非については、背景に様々な要素が複雑にあり、簡単に答えが出るものではないでしょう。
ただ世界中で中絶を選択せざるを得ない状況が、山のようにあるということが問題だと感じます。一般的にあまり知られていませんが、日本でも年間約22万件の人工妊娠中絶が行われています(2009年)。(※ちなみに、ガンで亡くなる方は、年間30数万人程度です。)
出生数が約107万人(H22年)から考えると、実に妊娠した女性の約2割が人工妊娠中絶を選択していることになります。子どもを安心して産める、また自信を持って母になれる、そして、豊かに子どもを育める、そのような環境を制度的にも精神的にも整えていく必要があると強く感じます。
この現状を何とか改善する方法を探ることが、私たち大人の大きな役目のひとつではないでしょうか。
【参考】
『ヤバい経済学』 スティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・ダブナー著 東洋経済新報社
■【厚生労働省―人工妊娠中絶件数及び実施率の年次推移】
■人口統計資料集(2011)【表4-21 人工妊娠中絶数および不妊手術数:1949~2009年】
■【平成23年版 子ども・子育て白書―第2章 出生率等の現状】
■International Family Planning Perspectives
【Characteristics of Women Who Obtain Induced Abortion: A Worldwide Review】
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