目次

「勉強のできる子は、体育が苦手で、体育が好きな子は、勉強が苦手・・・」というようなイメージを漠然と持っていなかったでしょうか?
今回は、夏休み中に勉強もスポーツもぐんっと伸びる可能性を開くお話です。

テストの成績が一気に上がった「0時限」授業とは?

シカゴ郊外にあるイリノイ州ネーパービル。
このネーパービルにあるネーパービル・セントラル高校(Naperville central high school)での体育の取り組みが、予想を超える結果を出しました。

この高校のあるネーパービル203学区の体育の取り組みは「0時限」と呼ばれ、全米で注目を集めています。ネーパービル203学区は、イリノイ州の優秀な公立高校に比べ、生徒一人あたりにかける費用が低い学校です。つまり、特別な学習プログラムが用意された学校というわけではなく、いたって普通の学校だったという事です。
その8年生の97%の生徒が受けたTIMSS(国際数学・理科教育調査)の理科のテストでネーパービルは1位になってしまいました(ちなみに数学は6位。)大半の生徒がテストを受けたことを見ると、特別優秀な子だけをテストに参加させたわけではないことが分かります。米国の平均が、理科で18位、数学で19位であることから考えると、群を抜く好成績だったことが分かります。

このネーパービルで行われた「0時限」と言われる体育の授業とは何なのか?
具体的には、「1時限」の前に有酸素運動を基本とした運動を行うことにあります。朝早起きして、眠い目をこすりながらウォーミングアップを済ませた後、生徒たちはトラックを走ります。走るのが速い子もいれば遅い子もいます。でも重要なのは速く走ることではなく、自分の限界に近い心拍数まで心拍を上げることにあるそうです。生徒たちは心拍計をつけて、タイムと1分間の心拍を測りながら走っているのでした。

一般的な最大心拍数の計算式は「220-(自分の年齢)=最大心拍数」で計算され、この最大心拍数の80~90%くらいの心拍数まで上げていきます。個人差はありますが、「きついなぁ~」と感じるくらいが、有酸素運動としてはとても理想的な状態と言えるようです。

だから、一見だらだらとゆっくり走って見える子でも、この心拍数を測ることにより、その子はしっかりと適切な有酸素運動が行われているかわかるようになったそうです。走るのが遅い子は、これまでの体育の授業だと「もっと速く走れ~」と先生から怒られそうなものですが、この取り組みでは、心拍数がしっかり上がっていればA評価がもらえます。ここが注目すべき点だと言えそうです。

そして生徒たちは、「0時限」が終わった後、通常の授業を受けます。
その他の取り組みでは、体育の授業は18種目のスポーツから好きなものが選べるようになっており、強制的にやらされる運動ではなく、生徒たちが楽しんで続けられる工夫がされています。またスポーツを教えるのではなく「健康(フィットネス)」について学ばせることにより、運動が生涯の健康にどのような影響を及ぼすのか理解し、卒業後も良い影響が続いていると言います。

身体にいいことは、脳にもよかった!

なぜこれほど学力が向上したのか?
この「0時限」プログラムに参加している生徒の感想から、その一端が読み取れます。
「以前より目が覚めている感じがして、イライラしなくなった」と。

有酸素運動を学習前に行ったことで、どうやら学習に関する脳機能が向上し、ストレスも軽減されたと考えられます。
まず一つに、脳への血流量が増えることで、脳由来神経栄養因子(BDNF)やセロトニンやドーパミンといった神経伝達物質の分泌が増えたことにあるようです。簡単に言うと、よい精神状態になるとともに脳の神経細胞の成長が促されるわけですね。

ラットの実験で、ゲージの中に回転車を入れただけでも、何もないラットよりも、新しく生まれる脳の神経細胞に大きく差が開きます。またゲージの中にたくさんの障害物やおもちゃが置かれているラットの方が、何もないゲージにぽつんと置かれたラットよりも脳の重量が重たくなることも確認されています。
また他の例では、人間の記憶に非常に深くかかわっている脳の「海馬」と呼ばれる部分があります。海馬は、生活の中で得られた情報を一時的に保存し、その後、その情報を脳の適切な場所へ保管してくれます。そして、必要に応じて保管した情報を再び呼び出してくれます。

アルツハイマー病や認知症では、海馬の委縮が見られることからも、記憶において非常に重要な役割を担っていることが分かります。近年、ウォーキングを継続的に行うことで海馬の委縮を止め(人間は普通、年に1~2%委縮してしまうそうです。)、逆に海馬の神経細胞が増加することも分かっています。
身体の健康の為が、実は脳の健康の為でもあったというわけです。

順番と組合せが大切!

この運動と学習の関係については、順番が大切です。
実は、せっかく運動によって脳の神経細胞の数が増えても、この神経細胞は使われなければすぐに死んでいってしまいます。

脳の神経細胞であるニューロンは、生まれたては白紙状態で、何も脳機能としては活躍していません。そしてそのまま使われなければすぐに死んでしまいます。この神経細胞を生き残らせるためには、何か仕事を与えてやらなければなりません。仕事とはつまり「刺激」です。新しくできたニューロンが他のニューロンとネットワークでつながる為には、信号が流れなければなりません。

Neuron-Synapes

ニューロンとシナプスのネットワークイメージ http://wallpoper.com/ より

新しいことを何か学んだり、新しい体験をしたりすれば、ニューロンに信号が通り、その細胞は太く強固なものになっていきます。例えば、何か新しい漢字を覚えたり、数学の難しい問題に挑戦したり、はたまたサッカーや野球の技術的な習得に取り組んだり、工作で細かな作業をしたり、絵を描いたり。こういった作業はすべて脳の神経細胞を強くします。

だから有酸素運動を先にしてから、学習・練習するのが最も理想的です。
継続的に有酸素運動を日常に取り入れ、脳への血流量が多いうちに学習することで、脳の神経細胞が増えます。また、有酸素運動をした後に、技術的な運動を行う組み合わせが、技術の習得には効果的です。
(※ただし、運動中は学習効率が著しく悪いことが分かっていますで、少し休憩した1時間後くらいから学習するのが良いようです。)

運動は身体だけでなく、脳の為にも必要不可欠だという事が分かりました。これは子どもだけでなく大人も同じです。

学びの質を上げるものは、実は「運動」にあったという事です。あまり運動せずに、部屋で机に向かってずっと勉強するスタイルは、脳機能から見るととても非効率だったという事になります。親も子どもも、外で思いっきり身体を動かしてから、何か新しいことを学ぶようにする習慣が大切ですね。

【参考】
『脳を鍛えるには運動しかない!』  ジョンJ.レイティ 著   日本放送出版協会

『よみがえる脳』 生田 哲 著   ソフトバンククリエイティブ

Image courtesy of FreeDigitalPhotos.net

LINEで送る