過去50年の間に、日本人の睡眠時間は平均約1時間減ってしまったそうです。

ILO(国際労働機関)の調査によると、日本は週に50時間以上労働する就業者の割合が28.1%という超残業国。2位のアメリカが20%なので、ダントツの世界1位ということになります。

経済成長と共に、労働時間を増やし続けてきた勤勉な日本人ですが、同時に貴重な睡眠時間を削ってしまっているという事実が浮かび上がってきます。そして現代の子どもたちは、そのライフスタイルの変化に引きずられ、生物として不可欠な睡眠システムに支障をきたしているのです。

そもそも人間の生体時計は、地球周期の24時間より長いことが知られています。個人差があるものの、大多数の人間が24時間より長く、約24.5時間程度。(具体的には諸説あり)
このままでは、地球上での生活において、時間的なズレが生じてしまいます。しかし、人間の身体は非常にうまくできており、朝の光を浴びることで、生体時計の周期を短く調整し、地球の周期の24時間に同調することができるのです。

逆に夜に光を浴びると、体内時計の周期は長くなります。夜に明るい光を浴びてしまうと、朝の光で地球の時間に同調した生体時計を、ズラすことになってしまいます。その結果、朝寝坊しがちで、朝の光を浴びる時間が減り、さらに生体時計のズレが大きくなるという悪循環を生みます。つまり、「慢性的な時差ボケ状態」に陥ってしまうのです。

その結果、体内でどのような変化が起きるのでしょうか。

重要な「メラトニン」の働き

睡眠と深い関係があるホルモン「メラトニン」。
このメラトニンの分泌量が低下します。通常メラトニンは朝起きてから14~16時間後に分泌が始まり、さらにその3~4時間後に分泌量はピークを迎えます。このメラトニンが分泌され始めると、体温が少し下がり眠気が襲ってきます。

メラトニン分泌グラフ(Time of day)

1日におけるメラトニンの分泌量の推移

メラトニンは脳の松果体という部分から分泌され、目からの光の刺激によってコントロールされます。

Illu_pituitary_pineal_glands_ja

Wikipedia より

つまり、夜に強い光の刺激を受けると、メラトニンの分泌量が減り、眠りへとスムーズに入れない状態がおきます。

メラトニンの主な働きは3つです。
1つ目が「抗酸化作用」
2つ目が「性腺抑制作用」
3つ目が「生体時計への作用」
3つ目については前出の通り、生体時計の調整に一役買っています。

まず1つ目について、身体の細胞は酸素を必要としますが、酸素を活用すると細胞は酸化し、傷ついてしまいます。メラトニンは酸素の毒性から細胞を守る働きをするホルモンでもあります。このことから、老化防止や、抗ガン作用があるとされています。

2つ目について、性腺刺激ホルモンを抑制するホルモンに働きかけをすることが確認されており、性的な早熟を抑えることが分かっています。近年、子どもの性的な早熟が問題視されていますが、その背景にはメラトニンの分泌量と深い関わりがありそうです。メラトニンの分泌量は、1歳から5歳くらいまでが最も高く、10歳ごろから年齢と共に減少し始めます。

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年齢におけるメラトニン分泌量の推移

米国の学生を対象にした実験では、睡眠時間が短く、就床時刻が遅い子どもほど、学業成績が悪いと報告されています。このことから、大人と比べ、幼少期に圧倒的にメラトニンの分泌量が多くなっているのには、必要不可欠だからと想像できます。
(※『Sleep schedules and daytime functioning in adolescents』 Wolfson & Carskadon 1998)

睡眠不足は、いいことなし

睡眠をしっかりとり、朝の光を浴びて、覚醒時(昼間)に運動をすれば「セロトニン」という神経伝達物質が脳内で分泌されます。セロトニンは、神経細胞同士の情報伝達に重要な物質で、脳の発達を促すとされています。このセロトニンは精神にも大きく影響する物質であり、セロトニンの働きを阻害すると、他者との交流が減り攻撃的な行動が増えることもわかっています。友達と良好な関係が築けなかったり、俗にいう「キレる」子どもが増えた要因のひとつに、睡眠の問題があると指摘されています。

その他にも関連して、1999年シカゴ大学の実験では、睡眠時間が短い場合、インスリンの分泌が遅れ、血糖値が高くなるとの報告もあります。これにより、糖尿病や肥満、老化を早めるなどの弊害が出ます。また人間は、未明の2~5時と午後の14~16時は、生理的に眠気が来る時間帯であり、眠気は気合と根性では乗り切れないものだそうです。実際に、交通事故や、産業事故との相関関係を見ると、この眠気が襲ってくる時間帯の交通事故や、列車事故、人的ミスによる産業事故が多発していると、東京ベイ・浦安市川医療センター CEOの神山潤先生はレポートしています。

この他にもインターネットや書籍を調べると、睡眠不足に関するたくさんの調査結果が国内外にありますが、どれも悪いものばかり。睡眠時間を削ったり、寝床に入るのが遅かったりすると、良いことが一つもありません。良いことがないどころか、将来にわたってとても大きな弊害を生むことばかりです。

やはり人間は動物であり、他の動植物と同様に、地球の歴史とともに進化してきたすれば、地球の周期や昼夜のリズムに見事に合致した身体になっていると言えます。現代人にとって耳の痛い話かもしれませんが、この自然のリズムに抗って生活しても全くメリットはないと言えます。

なぜか日本では睡眠を削って、勉強や仕事をすることが美化される傾向が強いようですが、そろそろ見直すべき時に来ています。ライフスタイルが大きく変わってしまった現代では難しいことかもしれませんが、だからこそ、これは生物として緊急の問題ではないでしょうか。

どうやら現代では、親の務めとして、意識して子どもの睡眠を守ることが必要なようです。
夜のテレビは早く消して、タブレットやスマホは脇に置き、いつもより30分でも1時間でも早く寝床につくことが、子どもの未来にとっても、大人の未来にとっても、今日からできる効果的な貢献かもしれません。

【参考】
『「夜ふかし」の脳科学―子どもの心と体を壊すもの』 神山潤 著 (中公新書ラクレ)

神山潤先生のオフィシャルサイト
http://www.j-kohyama.jp/index.cfm
神山潤先生のレポート
http://www.j-kohyama.jp/report_focus.cfm?report_ID=614

Image courtesy of FreeDigitalPhotos.net

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